September 17, 2016

[Journey] Huai Sai~ Chian Khong / THAILAND '16. 9.17

就寝中、首の辺りで何かが当たる感触があり、何度か目が覚めた。昨晩寝床に入ったときに羽虫のような小さな虫がいたので、おそらくそれだろうと思い、何気なく手で払って寝た。

朝、電気をつけて布団を剥ぐ。

枕元のあたりのシーツの上に、黒い虫がいた。

羽虫ではなかった。

Gだ。

しかも、5cm近くある大物だ。

Gは私と約二秒間見つめあい、それから、慣れた足取りでベッドの下へ消えていった。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

…。

説明しよう。

私が宿を選ぶ究極の基準は、ウォッシュレットがあるかどうかとか、冷蔵庫があるかどうかとか、エアコンがあるかどうかとか、電気がきているかどうかとか、シャワーでお湯が出るかどうかとか、ふとんがあるかどうかとか、枕があるかどうかとか、ではない。

Gが出ないかどうかだ。

従って、これはもうダメだ。

身の回りのもの全てを一つひとつ逆さにしてブルブル振り、中に不審な昆虫が紛れ込んでいないことを確認し、速攻で荷物をまとめて部屋から脱出する。あのタヌキ親父がひと晩分の宿代しか受け取らなかったのは、こうなることを予測してのSuggestionだったのか。

「昨日は『二泊する』などとほざいて申し訳ありませんでした」

なぜか心の中で謝罪しつつ、無人だったフロントに、これ幸いと黙って鍵を置き、宿を後にする。いやよく考えてみれば別に謝ることはない気もするけれど。


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Bokeo (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

フエサイはメコン川に面している。川の向こう側は、タイ。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

今日も、景色を愛でる気分ではないのに無用に絵になっている。

この町で朝から次の宿を探すのに悩むよりも、さっさとタイに渡ってしまったほうがいいかと考える。そこへタイミングよく声をかけてきたトゥクトゥクに乗りこんで、イミグレーションへ直行する。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

対岸の、タイのチェンコンとの間には、第4タイ・ラオス友好橋という橋が架かっている。

1996年に初めてラオスに来たときには、タイ国境の橋は、ヴィエンチャン~ノーンカイの一つしかなかったのに、いつのまにか第4まで友好橋ができていた。2013年にこの橋が完成するまでは、渡し舟が両国の間を結んでいた。フエサイもチェンコンも、港は町の中心に近いところにある。しかし橋は、町からはずれた場所に作られた。フエサイとチェンコンの二つの町の行き来に限っていえば、橋ができてからの方が、かえって不便になったような気がする。けれども地図で確認すると、この橋は、昨日通ってきた中国から続く道路の近くにある。そう考えれば、車でこの道を気合いを入れて走れば景洪からタイまでその日のうちに行くことができるだろうから、この橋自体、中国との交易路となることを主目的として作られたような気がする。橋を歩いて渡ることはできないそうなので、イミグレを抜けたところで待っていたバスに乗って、国境を越える。


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LAOS-THAILAND Border, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

タイの入国審査を通過したところで待っていた乗り合いのソンテウで、チェンコン市街へ入る。結果的に、二日間で中国からタイまで陸路で到達した。


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Chiang Rai (THAILAND), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

チェンコンは初めての町だ。概観をつかむため、ざっくり見当をつけて町の端から端まで歩いてみる。ここもメコン川に沿って数キロにわたり、街が開けている。


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Chiang Rai (THAILAND), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

うろつくうちにほどよく時間が過ぎて正午近くになったので、当たりをつけていたゲストハウスに行く。昨日の今日でもあり、Gが出没する可能性が相対的に低そうな、日当たりのよい部屋を選ぶ。メシを食い、川沿いの道をぶらつく。川向こうに、さっきまでいたフエサイの町が見える。そして、あの、Gが現れたゲストハウスを見つけてしまった。


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Chiang Rai (THAILAND), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

近くて、また、遠い存在になったラオス。次に行く機会は、いつになることやら。

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September 16, 2016

[Journey] Xishuangbanna~Huai Sai / LAOS '16. 9.16

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Yunnan (CHINA), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

景洪は日没が遅い分、日の出も遅い。午前6時の街は真っ暗で、朝の気配がまったく感じられない。夜遊びに疲れはじめた若者や、露出派手めの服をまとい街頭に残る肉感的なお姉さんを横目に、足早にバスターミナルへ行く。


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Yunnan (CHINA), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

16091503busticket午前6時50分。バスが出発する頃、ようやく空が白みはじめる。行き先は「会晒」。隣国ラオスの、フエサイだ。中国の南の果てともいえるシーサンバンナから、さらに南を目指す。

表記はほとんど漢字の、国際バス。乗車券もほぼ漢字で書かれている。中国人以外の利用は考慮していないのか、あるいは、もともといないのか。

10人ほどの客を乗せ、ゆるい山道を淡々と行く。

勐臘(メンラー)という町で一回目の休憩をしてから再び走り始めたところで、警察署の脇に立つ警察官に、バスが停められた。パスポートチェックかと思い、荷物を手探りする。しかし警察官は我々乗客には目もくれず、運転手の男性にきつい口調で詰め寄ると、彼を車の外へ連れ出した。

20分、30分…と時間が過ぎても、彼は戻ってこなかった。

乗客の表情に不安がよぎる。

ところで、この直前、氏名とパスポート番号を書くように車内で乗客名簿が回覧されていた。それをちらっと見たところ、私以外は全て中国人のようだった。その名簿ですら、項目はすべて漢字で書かれていた。漢字が読めなければ、ラオス人でさえこのバスを利用することは難しいだろう…というか、きっぷを買うことすら不可能に違いないと、一昨日、苦労して乗車券を買ったときのことも思い出す。

そして、思い出して納得し終わっても、彼はまだ戻ってこなかった。


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Yunnan (CHINA), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

一時間以上経ち、運転手が交通違反の切符のようなものを手に、うなだれた姿で帰ってきた。だが「ようやく出発か」と思ったところで、乗客は、警察官から荷物を持って外に出るように指示された。そして、警察官は運転手からエンジンキーを受け取るとバスに乗り、動かした。バスは、警察署の中へ消えていった。

…。

まさかの、バスのボッシュートだった。

ちゃらっちゃらっちゃ~♪

それどころではないはずだったのに、脳内に、「世界ふしぎ発見」の、あの音楽が流れた。車の整備不良か、積荷に何かいかがわしいものがあったのか、或いは他の何かのトラブルだったのか、結局、まともに言葉が通じなかったので原因はわからなかったけれど、とにかく、ここでバスは運行終了のようだった。

取り残された乗客と車掌のおばちゃんとの間で善後策が講じられる。だが、中国語が話せる人たちはまだよいとして、唯一、言葉が通じない日本人のオッサン(先に回された名簿から、なんとなく既に国籍は乗客一同に知れわたっていたような)は、ここでは扱いが面倒な存在に思われるはずなので、静かに事の成り行きを見守らせていただく。

バスが行くはずだった、終点のフエサイまで乗る予定の客は、私を含めて4人だった。


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車掌のおばちゃんと筆談したところ、国境の町・磨憨(モーハン)までは他のバスの席を確保できたので、座って行くことができる。…で、運賃も、磨憨までとの差分はここで返金するので、そこから先はあんたらで何とかしなさい、という感じだった。

フエサイまで行く人は他にもいるし、ここは彼らと(…というより、彼らにひっついて)前進するしかなかろう、と、その言葉を素直に受け入れることにした。

「地球の歩き方」によれば、磨憨と国境を接するラオスのボーテンを始発とするバスの類はなく、タクシーを交渉して先へ行くしかないようだった。

そうだ。それを知っていたから、がんばって、景洪に着いた翌朝に、前売りの国際バスのきっぷを買いに行ったのだ。

不安はあったけれど、共にフエサイに行くはずの中国人3名に運命を託すことにする。さっき車掌のおばちゃんから返金されたいくばくかのバス代を手に、ほどなくしてやって来た磨憨行きのマイクロバスに乗り込む。1時間ほどで到着。イミグレーションの建物がすぐ目の前に見える。


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Yunnan (CHINA), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 9)

磨憨は整然とした雰囲気の、意外に大きな町のようだ。

出国手続をし、ボーダーの緩衝地帯を歩く。


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CHINA-LAOS Border, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

たぶんバスだったら、車に乗ってここを通過していたのだろう。

ラオスのイミグレーションは、金色の、仏塔のような建物だ。同行した中国人男性から「入国審査官に金(ワイロ)を払うなよ」と、ひとこと忠告を受ける。それに気づいたのか、審査官からは「…おまえ中国語話せるの?」とボソッと聞かれただけで、パスポートに入国スタンプを押された。


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Louang Namtha (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

ボーテンは、予想通り、何もなかった。休憩中のバスは、景洪発・ラオスのウドムサイ行きのようだ。だが、やはりここから乗れそうなバスはなかった。

同行する中国人男性の一人が、まず、客待ちしていたタクシーに交渉を試みた。

10秒で決裂した模様だ。

片手を広げて、ボヤく。「500元(¥7,700)」と言われたらしい。景洪からフエサイまでのバス料金が140元(¥2,150)だったことを考えると、たしかに受け入れがたい金額ではある。

それから彼は、イミグレを通過する車一台一台に声をかけ、交渉を始めた。十数台目で、合意に至った。当然の如く、中国人の運転する乗用車だった。今度は、彼は指を一本立てて示した。おそらく100元(¥1,500)かと。

そして、その車に乗っていた運転手+知り合いらしき一人にバス難民4人を加え、定員オーバー状態で乗用車はラオスを走り始めた。皆が中国語で談笑している中、ここでも、ひとりだけ場違い的存在の中年日本人男性は、全方位から見ても居心地がよろしくないように思われた。皆様もそれとなく気にはされていたようで、何回か、片言の日本語で話しかけていただいたけれど、会話は続かなかった。

だって、いきなり「アリガト」ってだけ言われても。

日が傾きはじめた頃、フエサイの町に入る。

「フエサイのどこまで行くんだ?」的なことを聞かれたけれど、宿を決めていたわけではないので適当に相槌をうっていると、もう一人のバス難民のおばちゃんといっしょに「中国飯店」と書かれた小さなホテルの前で車を降ろされた。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

とりあえず運転手氏に「シェイシェイ」と言って100元札を渡し別れてから、周りを見まわす。

まさにこれは、中国人向けの宿だろう。しかしこのホテルの他に、辺りには商店やメシ屋などは無いようだった。

いっしょに車を降りたおばちゃんはそのホテルへ入っていったけれど、なんかここは、ちょっと違う感がした。Google Mapで調べると、市街地から5km離れている。

もともとあんまり大きな町ではないはずなので、せっかくだからと、市街地を目指して歩く。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

途中、大河がいきなり視界に飛び込んできた。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

メコン川だ。

景色などどうでもいい気分で歩いているのに、無駄に絵になっている。

この旅何回目…というか、今年何回目のメコン川だろうか。そして、考えてみれば、深い意味もなく、まさかの今年二度目のラオスだ。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

一時間ほど歩いてフエサイの市街地に着くことができた。ゲストハウスが軒を連ねる通りを何度か行ったり来たりしてから、新しめに見えた小さなゲストハウスに今宵の宿を決める。タヌキっぽい雰囲気の、オーナーの親父に「二泊するからディスカウントしてくれないかな」と言うも、まけてはくれず、そして、なぜか一泊分の料金120,000キップ(¥1,500)しか受け取らなかった。

今日は移動に徹した一日だったので、明日はフエサイの街をぶらぶら歩いてみようかと、ビアラオをほどよく吸収した脳味噌でぼんやり考えながら、床につく。


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Bokeo (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 9)

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February 27, 2016

線量 Laos~Thailand

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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)
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Nong Khai (THAILAND), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

ラオスのヴァンヴィエン・ルアンパバーン・ヴィエンチャンでは、いずれも計測範囲下限(0.05μsv/h)未満だった(実際の画面表示は「0.05」で点滅する)。タイに戻り、ノーンカイのメコン川沿岸で計ったときは0.07μsv/h。メコン川のヴィエンチャン側では計測できなかったのだけど、誤差の範疇か、何か理由ありだったのかは不明。

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February 20, 2016

[Tour] Vientiane / LAOS '16. 2.19~20

ルアンパバーンから首都ヴィエンチャンまで、最も速いバスで8時間で行くことができるらしい。また長距離バスには寝台もあるようだ。


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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

だがしかしわざわざ乗りたくなるような車両には見えなかったので、往路と同様、途中のヴァンヴィエンで泊まり、二日後の午後、ヴィエンチャンのバスターミナルに着く。

ヴィエンチャンの市内バスが、東京の都バスのように見える。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

都バスはというと…


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色だけか。

しかし偶然かもしれないけれど両方とも日本の「いすゞ自動車」製であり、ひょっとしたら何かを意識しているのかもしれない。

ヴィエンチャンの宿は、前日にネットで予約していた。ここも20年前の記憶で、街の中心部にあると思っていたフランスの凱旋門を模した「パトゥーサイ」というゲートの近くにあるホテルにした。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

そのパトゥーサイがバスターミナルから意外と遠い。歩いて30分ほどかかった。20年前の記憶では、ヴィエンチャンは、もっと、こじんまりした町だった。

「こじんまり」だけが記憶に残り、距離感は忘れてしまったようだ。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

横に大きく広がって歩く、若いパッカーの集団とすれ違う。「まーた韓国人かよ」と思っていたら、日本語を話していた。さすがに首都なだけあって、これまで訪れた町に比べて外国人の数が多い。

パトゥーサイは3,000キープ(¥40)払うと、上にのぼることができる。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

町の眺めは、以前とあまり変わらないように感じた。しかしヴァンヴィエンやルアンパバーンのような町から来ると、雑然とした感じばかりが目についた。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

おそらくここがラオスで最大の町であることに疑いはないけれど、歴史や自然の魅力に乏しいのは残念だ。

ヴィエンチャンでもっとも有名な仏塔、タート・ルアンに足を運ぶ。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

この近くに北朝鮮レストランがあることをネットで知り、行ってみることにする。

ラオスと北朝鮮は両国とも社会主義国家であり、このような店が存在するということは、決して悪い関係ではないのだろうと想像する。また北朝鮮を逃れてタイ・バンコクの韓国大使館に亡命を求めて駆け込む脱北者の話を時々聞くけれど、彼らが陸路でバンコクに向かうのであれば、当然、ラオスはそのルート上にあるだろう。調べたところ、ラオス国内には北朝鮮当局の関係者も数多く存在しているため、ここから強制送還される脱北者も少なからずいるのだそうだ。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

"KOREA PYONGYANG Restaurant"と書かれた看板を見つけ、恐るおそる入る。11時30分頃だったけれど、先客は韓国(あるいは北朝鮮?の)旅行者っぽい男性が一人だけ。折りしも「北朝鮮レストランの売り上げは本国に送られてミサイル開発費に当てられているので絶対に行かないように」と韓国政府がお達しを出した直後であり、自分勝手に緊張が高まる。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

北朝鮮といえば冷麺だろうと、平壌冷麺300gをオーダー。60,000キープ(¥840)は、この国の物価を甘めに見積もっても、やや高く感じる。売り上げのうち、それなりの金額が北朝鮮に送られるのだろう。

店員は、可愛い系の若い女性。朝鮮語しか話さない。ほぼ、韓国(あるいは北朝鮮)人のみを客層として考えている店なのだろうか。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

やがて出された冷麺。麺は黒く半透明。出てくるまで日本の冷やし中華を想像していたのだけど、これが朝鮮の冷麺だ。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

上品な見た目だな、と思いつつ、ちょっと味が薄いなとも思いながら食べていると、可愛い系の女性店員がやってきて「そうじゃなくって…」みたいなことを呟きながら、卓上にあった調味料二種類を丼に注入した。そして私の箸を手に取ると、ビビンバの如く、ぐじゃぐじゃぐじゃっとかき混ぜた。すると冷麺は、いかにも的な外観と味に変化したのだった。

食事を終え、会計の時も、可愛い系の女性店員は、かたくなに朝鮮語しか話さなかった。最後に発した「バイバーイ」という言葉だけが、唯一私に理解できた単語だった。いろいろと考えさせられる点があった冷麺だった。


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Vientiane (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

夕方のメコン川沿いを歩く。乾季の今、水量が少ないことは予想していた。だが、前回(1996年12月)来たときよりも明らかに流れは減っていた。

前にヴィエンチャンに来たとき、私は、こっそり川に小便をしていた。「この小便が海にたどりつくまで何日かかるだろうか」と考えながら。

しかし今日は、川の流れにたどりつくまでにえらく時間がかかりそうだったので、小便はしなかった。…というより、いい年こいてそのようなことに固執するのはさすがにいかがなものかと考えたのが正直なところでございます。しかし小便の記憶のおかげで、私はメコン川の水量の減少に気がついたわけであります(…なぜ文体が変わるかな)


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Vientiane (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

上の画像を撮ったところで、α6000のメモリカードが一杯になった。ヴィエンチャンでもメモリカードは買えるだろうけれど日本に比べて割高だし、カメラはもう一台持っているので、ここから先はサブとして使っているCyber-shot DSC-W730一台勝負で旅を続けることとする。

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February 18, 2016

[Tour] Luang Phabang / LAOS '16. 2.16~18

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Kasi (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

ヴァンヴィエンからラオス北部の町・ルアンパバーンに通じる国道13号線は、以前は治安が悪く、山岳ゲリラがたびたび出没し外国人が襲われたこともあった。もし20年前にルアンパバーンに行こうと考えていたら、陸路を避けて飛行機を利用せざるをえなかった。


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Kasi (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

その国道13号線を、学生がチャリで軽快に通りすぎていく。私が乗ったミニバンも順調に走り、ヴァンヴィエンから4時間でルアンパバーンに着いた。

かつて現在のラオス領プラス若干の周辺地域までを支配していたラーンサーン王国の首都があり、1975年まで王宮も置かれていたルアンパバーンには伝統的な建造物が多い。1995年に町全体が世界遺産に登録されている。先に述べたように、当時は陸路で行くことが困難だったことから、世界遺産登録によって、この町は神秘性が高まったように感じていた。

バスターミナルから30分ほど歩くと、市街地に入る。小さな中級ホテルを見つけたので、料金を訊いてみた。部屋は広めだけれど、暗くてややくたびれた雰囲気だったから、せいぜい日本円にしたら¥3,000程度かと見当をつけた。しかし一泊35USドル(¥3,960)との答え。連泊するからディスカウントできないかな、と頼んでみたけれど、だめだった。

二泊分の宿代を払い、荷物を置いて街へ出る。

もしこの町の居心地がよければ、あさって以降は別の宿を探してみようと思った。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

街の中心部はお寺と古い作りの建物が目立つ。ここを世界遺産に推薦したICOMOS(NGO・国際記念物遺跡会議 〔International Council on Monuments and Sites〕)は、その理由を「ルアンパバーンは、伝統的な建造物、都会的建造物、19世紀から20世紀の植民地建造物の他に類を見ない優れた融合の代表である。その景観は見事に保存され、二つの違った文化の混合を鍵となる段階を描いている」と挙げたという。

たしかにベトナムの町にも似た植民地的な雰囲気も感じられる。だが、町なかには外国人観光客の姿ばかりが目立ち、あまり住民の生活感がないようにも見える。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

町が一望できるプーシーの丘に登る。ここでも韓国人女子が写真を撮っていた。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

この丘から見る夕日は美しいと聞いたので、西のほうを見ると…


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

なんか大変な様子になっていたので、夕日を撮るのはあきらめる。

日没後、プーシーの丘の麓にあたるシーサワンウォン通りではナイトマーケットが開かれる。


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Luang Phabang (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

16021812shioriシブいしおりを見つけ、買うことにする。

どうせ大した値段ではなかろうと、言い値で買うつもりで売り子の女性に念のため聞くと、8,000キープ(¥110)とのこと。しかし財布から金を出すと、彼女は「5,000キープ(¥70)」と言い直した。お金を出す間に、なぜか勝手にディスカウントされていた。周囲を見ると、他の観光客は判で押したように、皆、値引き交渉をしていた。売り手のラオス人も、ここでは値引きされるものだと最初からあきらめているようにも見えた。

私も、若かったら、もっとガツガツとディスカウントするよう言っていただろう。だが今は、高いと感じなければ、いちいち底値を探ろうとは思わなくなった。

「そういえばホテルは値引いてくれなかったなー」

しおりを買って、なぜか荷物を置いてきたホテルの無愛想なスタッフの顔を思い出す。

翌朝、夜明け前に、これもルアンパバーンの名物と聞いた托鉢を見に行く。

東南アジアの仏教国では一般的に托鉢はよく目にするけれど、ルアンパバーンの托鉢は、他に比べて多くの僧侶が長い列をなして歩くのが特色なのだそうだ。

僧侶が来る道路では、多くの観光客がカメラを持って待ち構えていた。供物を用意してスタンバっている外国人もいる。やがて数十人の僧侶の列が現れ、カメラの砲列の中を黙々と歩いていった。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

私もカメラを持って待ち構えていたうちの一人なので、他人をどうこう言えた立場ではない。

だが、失礼を承知で書かせていただくならば、これほど見世物感が強い托鉢は初めて見た。

観光客は特定のスポットに集中しているように見えた。皆、同じことを考えて同じところに足を運ぶのだ。

私は、この町に居場所がなくなってきたように感じた。

当てもなく歩くうち、河原に下りる道を見つけた。川は、メコン川だ。ノーンカイやヴィエンチャンよりだいぶ上流にあたるため川幅はこれでもそのとき見たものより狭く感じられるけれど、相変わらず流れは緩やかに見える。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

ガイドブックには載っていないらしく(…)、観光客の姿は少なかった。

川は西の方向にあった。ここでも夕日が見られるのではないかと思い、手ごろな石を見つけて座り、日没を待った。

空が赤く染まり始めた頃、缶ビールを手にした旅行者が数人現れた。彼らと一緒に、黙って夕日を見た。


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Luang Phabang (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

結局、延泊はせずに、次の日の朝、ルアンパバーンを発つ。

バスターミナルへ向かう道で、数人の僧の「小さな」托鉢を目にする。


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Luang Phabang (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

ルアンパバーンで初めて、生活感のある光景を見たような気がした。

少し、後ろ髪を引かれる思いだった。

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February 15, 2016

[Tour] Vang Vieng / LAOS '16. 2.15

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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

ヴァンヴィエンは、昔のガイドブックには「ワンヴィエン」と表記されていた。タイ語のローマ字における "v" は日本語におけるワ行にあたるのに対して、ラオス公用語であるラーオ語の "v" は「ヴァヴィヴヴェヴォ」に近い音になるのだとか。

ヴァンヴィエンには、昔からこれといった有名な見どころがあったわけではなかった。私が20年前に訪れた理由も、首都ヴィエンチャンのほかにもう一ヶ所どこか比較的容易に行けそうな町にも行こうという程度のものだった。

その頃、ラオスに行くには、日本人はビザが必要だった。そして私が行った20年前ごろまでは、事前にホテルや交通手段を予約しなければ入国できなかった。

当時、ある旅行会社に問い合わせたときには「ラオスは手配旅行しかできない」と言われ、ヴィエンチャンのホテルと市内自由行動付きのお手軽パッケージツアーを勧められた。だが念のために別の旅行会社にも聞いてみると「ビザは旅行会社を通して取らなければならないけれど、ビザを持っていれば基本的に自由に旅行できる」という回答を得られた。

インターネットを使っておらず現在に比べて情報も不十分だった当時、なぜ手間ひまかけて複数の旅行会社を聞いて回ったのか、その理由は憶えていないけれど、結果としてヴァンヴィエンを訪れたのは、そのときの熱意の産物だった。

その頃のラオスは、外国人旅行者は現在より明らかに少なかった。たまに見たのは旧・宗主国の、フランス人の物好きな若者くらいだった。

ヴァンヴィエンでは、まだ町に数軒しかなかったゲストハウスに泊まった。翌朝、宿を出ようとするとき、宿の主人は寝ていたようで、私は母屋のドアを何度もノックし、寝ぼけまなこで姿を見せた親父に宿代を押し付けてチェックアウトしたことを憶えている。

今泊まっているゲストハウスでは、チェックインするときに宿代をしっかり全額前払いで請求された。ラオスに限らず、現在、料金後払いの安宿はだいぶ少なくなった気がする。


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Vang Vieng (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

昔より旅行者が増えていることは予想していたけれど、中でも目についたのが、韓国人の多さだった。ここを訪れる外国人を国別で調べたらフランスと一、二位を争うのではないかと思うくらいだ。


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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

そういえば昨日バスで隣に座った男子大学生も韓国人だった。大邱(テグ)から来たという彼に「時期的に、卒業旅行かな?」と尋ねたら、「いや、今月の23日から兵役につくので…」と答えられて、兵役前旅行というのもあるんだと新しい発見をしたのだけど、こんなに韓国人が多いのであれば、なんでまた韓国人はヴァンヴィエンを目指すのかについても聞いておけばよかった。


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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

ヴァンヴィエンの町外れにはナムソン川という川が流れている。カヤックや川下りの船が頻繁に行き交う。

この川は、水が浅い。

それを知っているのは、昔、橋がない川を自動車が渡る様子を見ていたからだ。


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Vang Vieng (LAOS), MINOLTA α-5xip with MINOLTA AF ZOOM 24-50mm F4 (1996.12)

日が暮れる頃には、子供たちも川の中を歩いて集団下校していた。


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Vang Vieng (LAOS), MINOLTA α-5xip with MINOLTA AF APO TELE ZOOM 100-300mm F4.5-5.6 (1996.12)

このとき焼きついた光景が、私を再びこの町に来させたひとつの要因だった。

今、川にはいくつもの小さな橋が架かっている。

素朴な橋のたもとで、韓国人女子が写真を撮りあっていた。彼女たちには、橋は昔からここに当然あるように見えているだろう、と思った。


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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

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February 14, 2016

[Tour] Vang Vieng / LAOS '16. 2.14

ノーンカイ行きの列車は、よく揺れたようだった。私は、緊急地震速報のアラームが鳴る夢を見ていた。


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Nong Khai (THAILAND), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

7時前にノーンカイに着いた。

ここから、国境を越えてラオスへ行く列車が走っている。きっぷを買いなおすためにいったん改札を出て出札窓口に向かう。

「ヴィエンチャンまで行かないのか?きっぷを売るよ」

駅員が示した紙には「V.T」と書かれていた。鉄道が通じているのは国境を越えてすぐの所にあるターナレーンという駅までなので、ターナレーンからヴィエンチャンへのタクシーかバスのチケットも込みなのだろう。「V.T」は、たぶん Vien Tiane の略だ。

私は、「V.T」と行き先が書かれた紙に「V.V」と併記されていることに気がついた。

「V.V は、もしかしてヴァンヴィエンのこと?」

駅員は答えた。

「そう。 Van Vieng だ」

ヴァンヴィエンは、1996年にラオスへ行ったときにヴィエンチャンと共に訪れた町だった。当時、まだ自由に旅をするには制限が残っていたラオスで、ヴァンヴィエンには一泊しただけだったけれど、首都・ヴィエンチャンよりも強く印象に残っていた。

ヴァンヴィエンまでのチケットを買い、ターナレーン行き国際列車に乗る。


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Nong Khai (THAILAND), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

ターナレーン行きは一日に2本しかなく、うち1本がバンコクからの夜行列車に接続するようになっていた。国際列車といっても2両編成のディーゼル車。時刻表には「Express」と書かれているけれど、ターナレーンまでの途中に駅はなく、ひと駅だけ走って終点である。

列車は出発して間もなく、国境のメコン川に架かるタイ・ラオス友好橋に入った。


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Nong Khai (THAILAND), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

路面電車のように、アスファルトで舗装された道の真ん中をソロソロと走っていく。この橋は鉄道と自動車道の併用になっている。

タイ・ラオス友好橋が完成したのは1994年。前にラオスに行ったときにも、この橋をバスで渡った。20年前から橋には線路が敷かれていたけれど、たしか、ラオス側の鉄道建設が遅れているという理由で、列車は走っていなかった。列車が走りはじめたのは、2009年だった。


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Vien Tiane (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

15分ほどでターナレーン着。下りたホームで入国審査が行われる。なんか適当に隙を見つければそのまま通り過ぎてしまうことができそうなユルい雰囲気のイミグレだったけれど、ハンコをもらわないで入国するわけにもいかないので、係員に言われるがままに手続きを済ませる。

駅を出たところで待っていたワゴン車に乗り、途中でバスに乗り換えてお昼過ぎにヴァンヴィエンへ。


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Vang Vieng (LAOS), SONY Cyber-shot DSC-W730 (2016. 2)

バスを降りて、町を見回した。きれいに舗装された道路の両側に旅行者向けの小ぎれいな店が軒を連ねる。外国人観光客が歩いている。記憶に残る光景と、全く一致しなかった。

ヴァンヴィエンの街は小さい。過去の記憶を辿るのは明日以降にゆっくりすることにしようと、とりあえず一服。


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Vang Vieng (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

日が沈んだ街を歩く。市街地の向こうに、奇妙な形の山を見た。


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Vang Vieng (LAOS), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 2)

ああ、これだ。20年前の記憶が重なった。

そうだ。ここは、ヴァンヴィエンだ。


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Vang Vieng (LAOS), MINOLTA α-5xip with MINOLTA AF ZOOM 24-50mm F4 (1996.12)

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December 20, 2006

メコンに架かる橋

第2メコン国際橋が開通(三井住友建設のサイト)

いつの間に作っていたんだろう。知らなかったのは俺だけか。できたこと自体を知らない人の方が圧倒的に多いような気もするが。つーか私も、偶然、施工した会社のサイトで見つけたわけですが。

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Vientiane (Laos), Minolta α-5xi p with 24-50mm***

ラオスを旅したのは10年前のこと。タイのノーンカイと、ラオスの首都ビエンチャン近くに架かる、最初のメコン川国際橋ができて間もない頃だった。乾季で水量が少ないメコン川を見ていると、橋なんかなくても対岸のタイへ歩いて渡っていけるような錯覚をした(実際は無理です。よい子はやったらだめだぞ)。

そーいえば、あのときやっていた、ビエンチャンまで鉄道線路を敷く工事は、未だ終わってないのだろうか。あっちの方がはるかに早くできるように思えるのだけど。


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