September 22, 2017

線量 南樺太

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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

今回の旅ではユジノサハリンスク(旧・豊原)とスタロドゥプスコエ(旧・栄浜)で計測。いずれも測定器で計ることができる下限値(0.05μsv/h)未満だった。

ここで、今まで旅先で計ってきた値をまとめてみる。


国(地名)年月線量(μsv/h)
南樺太(旧・栄浜)2017/90.05未満
南樺太(旧・豊原)2017/90.05未満
中国(景洪)2016/90.13
タイ(バンコク)2015/90.08
タイ(チェンコン)2016/90.05
タイ(ノーンカイ)2016/20.07
ラオス(フエサイ)2016/90.10
ラオス(ヴァンヴィエン)2016/20.05
インド(デリー)2015/9 0.08
インド(レー)2015/90.18
インド(国内線機内)2015/9 0.57

福島第一原発事故の後、国内の線量を聞いてもいったいいくつまでが安全なのかわからなくなってしまったけれど、海外で計った数値と比較してみるとなんとなく世間相場?のようなものが把握できるような気がする。

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September 21, 2017

[Journey] 旧・栄浜村 (Starodubskoe)/南樺太 '17. 9.21

1923年7月31日、詩人・宮沢賢治は東北本線花巻駅から青森行き夜行列車に乗り、北へ向かった。賢治は前年に実妹を亡くしていた。彼女の魂が北へ飛んでいったと感じた賢治は、それを追って旅立ったという。列車と船を乗り継いで8月3日の朝に南樺太・大泊港に着くと、鉄道で行くことができる最北の地を目指した。終着駅はオホーツク海岸沿いにある栄浜だった。3日の夜、栄浜に着いた賢治は夜通し海岸を歩き、そのときの印象を作品に残した。

私も、この町を旅の終着駅にしようと考えた。栄浜は現在、スタロドゥプスコエという村になっている。

スタロドゥプスコエ。

一度聞いただけで復唱できる地名ではない。

スタロドゥプスコエへは、ユジノサハリンスクから路線バスを乗り継いで行く。所要時間は約2時間。鉄道はソ連支配後も残っていたけれど、1995年に廃止された。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

スタロドゥプスコエ行きのバス。

…スタロドゥプスコエ。

乗る前に二、三回呟いて練習してから、運転手に行き先を告げた。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

スタロドゥプスコエのバス停で車を降りると、その先は砂利道が続いていた。舗装道路もバス停で終点だ。

いまさっきの曠原風の荷馬車がくる
年老った白い重挽馬は首を垂れ
またこの男のひとのよさは
わたくしがさっきのあのがらんとした町かどで
濱のいちばん賑やかなとこはどこですかときいた時
そっちだらう、向ふには行ったことがないからと
さう云ったことでもよくわかる
いまわたくしをしんせつなよこ目で見て(その小さなレンズにはたしか樺太の白い雲もうつってゐる)

(宮沢賢治『オホーツク挽歌』)


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

賢治がひとのよい男に会ったであろう、古い民家がぽつぽつと建っているだけの、それでもおそらく村の目抜き通りと思われる一本道を歩く。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

…栄えていない。

家の脇から姿を見せた犬に吠えられる。だが性格の悪い犬ではないようで、しばらくすると、黙って後をついてきた。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

犬といっしょに海岸へ出る。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

まっ赤な朝のはまなすの花です
ああこれらのするどい花のにほひは
もうどうしても 妖精のしわざだ

(宮沢賢治『オホーツク挽歌』)

残念ながら、はまなすの花の時期は逸してしまったようだった。

浜にうち上げられた昆布の臭いが鼻をついた。ロシア人は昆布あんまり食べないのかな。もったいないな。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

この海岸では琥珀が取れるそうだ。それ目当てと思われるロシア人をちらほら見かけるけれど、飽きた様子ですぐに帰っていく人が多く、広い海岸はがらんとしている。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

爽やかな苹果青(りんごせい)の草地と
黒緑とどまつの列
(ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
五匹のちいさないそしぎが
海の巻いてくるときは
よちよちとはせて遁げ
(ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
浪がたひらにひくときは
砂の鏡のうへを
よちよちとはせてでる

(宮沢賢治『オホーツク挽歌』)


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

目の前に佇むイソシギの姿は、たぶん賢治が見たときと変わっていないのだろうなと感じた。

私についてきた犬も、やがて海に飽きてきたようだった。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

その後しばらくの間、流木に腰かけて単調な海を楽しんだ。そのとき私も、北を目指した旅の終着点をここにしてよかったと思った。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

そして、ほんとうに、こんなオホーツク海のなぎさに座って乾いて飛んで来る砂やはまなすのいい匂を送って来る風のきれぎれのものがたりを聴いているとほんとうに不思議な気持がするのでした。それも風が私にはなしたのか私が風にはなしたのかあとはもうさっぱりわかりません。またそれらのはなしが金字の厚い何冊もの百科辞典にあるようなしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波といっしょに次から次と移って消えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂のいい性質があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。
(宮沢賢治『サガレンと八月』)

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September 20, 2017

[Journey] 旧・真岡町 (Kholmsk)/南樺太 '17. 9.20

稚内にある「九人の乙女の像」が作られるきっかけになった真岡郵便電信局事件があった真岡(まおか)町は、現在、ホルムスク市となっている。

栃木県にも真岡という市がある。こちらは「もおか」と読む。樺太の真岡がアイヌ語のアイヌ語の「マオカ」(静かな場所)、「マ・オカ」(川口が入江になっている海岸)に由来するとされていることに対し、栃木県の真岡の語源には諸説あり「鶴が舞う丘」や「精美な丘」が「もおか」になったとするものの他、樺太の真岡と同様にアイヌ語を起源とする考え方もある。


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Tochigi, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 3)

去年訪れた栃木県真岡市の真岡駅。一年後に樺太の同名の町に行こうとは、このときはまったく考えていなかった。

二つの真岡の間には直接の関係はないようだった。一方、ホルムスクにはロシア語で「丘の町」という意味があり、それとなく過去を意識したかのような名前の付け方が興味深い。

ユジノサハリンスクとホルムスクの間には、日本時代には鉄道が通じていた。現在は路線バスが1時間半で二つの町を結んでいる。

ホルムスクのバスターミナルは海のすぐ近くにあった。だが防潮堤で視界が遮られて、海が見づらい。少し後ろに下がって背伸びすると、色気のない港が垣間見えた。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)


この町にも、戦前は北海道・小樽などから航路が通じていた。南樺太の中でも有数の港町だった。今は日本との航路はないけれど、ロシア本土との間に連絡船が運航されている。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

昨日訪れたコルサコフに比べて町の規模が大きいように感じる。人口28,000人、樺太島西海岸最大の港町。バスターミナルの近くには、年季が入った団地が建ち並ぶ。古い建物でも作りが頑丈に見えるのが、冬の厳しさを想像させる。

町は大きいけれど、ここも旅行者向けのスポットが特に多くあるわけではない。コルサコフと同様、博物館があるので、まずそこへ。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

この「文化会館」の建物の中にホルムスク市立博物館がある。入場券を買う。


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私が極力簡単な英語で話して相手がロシア語で答えるという、かみあわない会話にもだんだん慣れてきたような。来る前から多少覚悟はしていたけれど、泊まっているホテルのフロント以外、ほぼ英語が通じない環境で旅行している。

博物館の展示物は、ユジノサハリンスクやコルサコフと同様、日本時代の生活用品など。三つの博物館を比較すると、ここが一番ショボかった。だが人口が少なく、ロシアが樺太島全土を実効支配したのが70年前であることを考えれば、歴史的な展示物が画一的になってしまうのも致し方ないように思われる。

日本時代、真岡町には約2万人の人が住んでいた。タレントのせんだみつお氏も、この町で生まれた。

日本時代の建物はほとんど残っていないけれど、むかし神社があった場所にその跡が残っていると聞いたので足を運ぶ。

ここも昨日訪ねた亜庭神社(の跡)同様、石段を上がった先にむかし神社があった。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

今度は会社の事務所らしきビルが、神社があったという場所に建っている。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

「サハリン船舶」という企業のビルだった。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

事務所の手前に、小さな庭園のようなものがある。企業の敷地にこのようなものが作られているのは異質に見えたけれど、そっと中に入ると、台座など神社時代の遺物がオブジェの如く置かれていた。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

日本時代に作られた神社はソ連支配後にほぼ全てが破壊された。だが壊しきれず残った石造りの物が現在の所有者の好意によって保存されているようだった。そこに、ささやかな心遣いがうかがわれた。

最後に、真岡郵便電信局があった場所へ。真岡郵便電信局の建物はソ連占領後も郵便局として使われていたそうだけれど、1985年ごろに焼失し、現在は銀行と郵便局が建っている。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

ここには事件のモニュメントの類は一切ない。ここで今働く人の立場でいえば、そのようなものがあったらあったで気になってしょうがなくなりそうにも思えるけれど、この愛想のなさ加減もまた、南樺太における現状の日本の立ち位置を端的にあらわしているような…


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

日差しが強いので半袖の服で歩く人もよく見かけるけれど、実際の気温は20℃を少し超える程度だ。人々は貴重な夏?を楽しんでいるように見えた。

明日は、旅の終着駅を目指す。

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September 19, 2017

[Journey] 旧・大泊町 (Korsakov)/南樺太 '17. 9.19

台風は昨夜遅く、ちょうど樺太に上陸したあたりで温帯低気圧に変わり、日本で報道されていたときよりだいぶ勢力が落ちたようだった。昨晩は、雨はずっと降っていたけれど風はあまり強いと感じなかった。けれども昨日ユジノサハリンスク市内の学校は休校になり、停電したところもあったとニュースは伝えていた。私がいるホテルがその中に数えられていたかどうかはわからないけれど。

まだ台風一過の快晴、とまではいかないものの、朝には雨は上がっていた。今日からバスで足を伸ばして郊外の町を訪ねる。

駅前のバスターミナルから小型のバスに乗り約1時間。コルサコフという港町に着く。ロシアの人名のように聞こえるけれど、その通りで、町の名前は東シベリア総督だったミハイル・セミョーノヴィチ・コルサコフに由来する。日本時代は「大泊」と呼ばれ、稚内との間を稚泊連絡船が結んでいた。現在も北海道サハリン航路株式会社のフェリーが、夏季の間のみ稚内とコルサコフの間を週2~3便運航している。所要時間は4時間半。実はこの船で来ることもちょっと考えたけれど、ホームページの画像にあった船が小さく見えて(80人乗りとのこと)、これに長時間乗るのがためらわれたのと、悪天候などで欠航したときのリカバリーが大変そうだったので飛行機にした。


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北海道サハリン航路株式会社のホームページより)

まず、港を一望できる高台に上がる。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

まだ薄暗い色の空が、北国の圧迫感を増幅させる。

高台には塔が建っていた。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

稚内で見た「氷雪の門」に何となく似ている。氷雪の門のRepriseかと思い、英語で書かれた説明を読む。

Memorial for Korean
victims of Japanese militarism
Sculptor: Republic of Korea
Date: October 15, 2007

韓国人の慰霊塔だった。樺太には日本植民地時代に日本人とともに移り住んだ韓国人が約4万人いた。現在も、サハリン州の人口49万人のうち5%は朝鮮人とされる(「サハリン州の概要~2015年版」北海道庁【PDFファイル】)。

しかし氷雪の門に何となく似た形にした理由を詮索すると、また、薄暗い気持ちになる。

市街地へ。歴史・郷土博物館に入る。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

日本時代の資料が多く、日本人にとっては当たり前に見える茶碗や箸などの食器や、日本語で書かれた書籍などが展示されていた。日本時代の街の写真が映し出されるスライドショーを興味深く見ていたところ、傍らにいた女性職員から、そのスライドが収められていると思しきCD-ROMを「500ルーブル(¥950)…」と言われて勧められる。だが、そこまで興味はなかった。

彼女からコルサコフ市の歴史や概況が書かれた日本語の無料パンフレットをいただいた。


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1904-1905日露戦争の結果、日本の樺太庁という新たな行政単位はサハリンの地図にできた。それは第二次世界大戦の終戦1945年9月まで存在した。当時、町は日本語で大泊と名づけられ、「大きな停泊所」と訳された。
都市の発展きっかけとなった日本時代は第二次世界大戦の終日、1945年9月2日に幕を閉じた。それと同時にソベート新しい時期が始まった。1946年6月コルサコフM.S.を記念していよいよその名が取り返された。
(原文ママ)

失った土地を奪還したのが、コルサコフ市の歴史だ。南樺太を巡る戦いは1945年8月9日のソ連の対日宣戦布告に始まり、9月2日の日本のポツダム宣言への調印・発効で終わった。そこには真珠湾も玉音放送も関係はなかった。


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青に彩った暁、霧に包まれ、
アニワ湾を広げ、船舶、海員を抱き、
海辺で歓迎して、抱き込む…私の町

コルサコフ市

歴史は、見る角度によって見え方が変わる。一面から見て善悪を論じることはたやすいけれど、違う視点で見ている人にそれを説明することは難しい。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

港のそばにあった赤レンガ倉庫。北海道・士別でも、このような倉庫を見たことを思い出す。年代もののように見えるので、日本時代に作られたものかもしれない。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

ほかにも町なかで古びた建物を見ると、つい「もしかするとこれも日本時代のものだろうか」という目で見てしまう。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

これは戦前、王子製紙の工場だった建物で、数年前まで操業していたらしい。とはいうものの、うちの近所の銭湯に立つものより短く見える煙突を目の当たりにすると、70年以上前のものとはいえ、長く使われていたことに対して「ありがたい」というより「いいのかそれで」と感じてしまう。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

町の目抜き通り・クラスノフローツカヤ通り沿いにあった石段。よく見ると歪んでいる。頑強に作られているはずの石段はメンテナンスフリーなものだと今まで思っていたけれど、放置し続ければ歪んでいくことを知る。

この石段の先には、かつて神社があった。石段は、その名残だ。歪んだ石段を注意深く登る。その先には…


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

…何もなかった。

神社の名前は「亜庭神社」だった。町に面した海は亜庭湾と呼ばれていた。町がコルサコフといわれるようになった今も、海の名前はアニワ湾だ。アニワと読む地名は岩手県盛岡市にもある。「安庭」という字が当てられたこの町の語源には、アイヌ語の「ア・ウン・イワ」=「我ら・そこにいる・聖なる山」とする説がある。南樺太へ最初に定住した人類は、アイヌだ。ロシア人は樺太を支配したときに日本語の地名をほとんど消し去ったけれど、アニワが残ったのはアイヌ由来の地名だったからかもしれない。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

港が近く、日本からの航路もあることから、観光客を多く呼ぶことができるおしゃれな町になる可能性があるようにも感じたけれど、ここはロシアから見ても東の果て、日本から見ても北の果て…の、さらに先。発展するには、まだ時間がかかりそうに思われた。

時間に余裕があったので早めに戻り、ユジノサハリンスクの町はずれにある日本人死没者合同墓碑を訪ねる。

墓碑はロシア人向けの共同墓地の中にあった。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

墓碑の脇には、新しい観音像が立っていた。観音像は昨年9月にできたものだった。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

ソ連軍が南樺太を占領したあと、1989年まで外国人はサハリン州に立ち入ることができなかった。

日本とサハリンの関係も未だ模索状態であることを、真新しい観音像を見て、うっすらと感じる。

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September 18, 2017

[Journey] 旧・豊原市 (Yuzhno-Sakhalinsk)/南樺太 '17. 9.18

先週北海道にいたとき、台風が日本を縦断しようとしていた。おととい稚内にいた頃には、台風は九州に上陸しようとしていた。


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この台風は、珍しく東北地方から北海道をまっすぐ縦断する見通しだった。

北海道を北上するということは、この台風は、きっとその先にある樺太にも向かうはずだった。稚内のホテルのテレビで見た天気予報の、台風の予想進路には樺太がしっかり入っていた。

これを見ていた人のうち、台風の19日3時の予想進路を気にしていたのは、数人か、あるいは数十人程度だったかもしれなかったけれど、私はとても気になっていた。

ロシアの朝のテレビは日本のようにしつこく天気予報をやっていなかった。インターネットで調べたところ、台風は若干速度を早めて今日の午後から夜にかけて接近するようだった。

そこで今日は外出はなるべく早めに済ませて、あとはホテルにしけ込んで今後の旅程を練りなおそうと考える。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

この町は中心街から横丁に一歩入ると、庶民的に見える高層団地があちこちに建っている。これも社会主義国家かつ歴史の浅い土地だからこそ為しえた技か。

滞在しているホテルの近くにある、ガガーリン記念公園に入る。ここも日本時代からある公園で、元の名前は「豊原公園」だった。敷地の多くは、あまり手が付けられていない様子の林の中にある。しかし市街地にほど近いところにあるので、昨日訪れた「山の空気展望台」同様、ここも市民にとって手軽に自然に触れられる憩いの場となっているようだ。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

缶ジュースの自動販売機があった。日本で見たことがある商品が売られているようなのでよく見ると…


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

ダイドーの缶コーヒーがメインのようだ。日本で売っているものと同じ缶コーヒーが125ルーブル(¥238)。…なかなかやるじゃないか。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

公園の中にある大きな池。

泳ごうとする奴がいるのか…ていうか、そんな気になるくらい暖かくなるときもあるのだろうか。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

池のほとりに石碑が立っていた。「王子ヶ池」と読むことができた。現在この石碑は、ここに置かれたときの意図とはたぶん異なり、この公園が日本人の手で作られたことの証しになっている。

公園をざっくりと巡り、帰り道、スーパーマーケットでパンやインスタントラーメンを買ってホテルへ戻る。きのう高いレストランで釣り銭をごまかされたこともあり、自然に食費が節約モードになる。…というより、そのせいもあるけれど、この町ではファストフードとか麺類とか丼とかのような、お手軽な外食を扱う店があまり見当たらないのだ。さすがに毎食レストランというのもためらわれる。ここの人は外食する習慣が少ないのかもしれない。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

日本語で「しょうゆヌードル」と書かれたカップラーメン。これは日本で目にしたことがないな…と思いよく見たらサムヤン製だった。サムヤンって、ラーメンも作っていたのか。

食べてみて、日本でこれを見たことがない理由がわかった気がした。もしこれ日本で売っていたら日本人の右傾化がますます進(以下自粛)

雨は13時過ぎになって降り始めた。日が落ちた頃、数分間停電が起きた。だが通りの向かい側は明りがついていたので、台風のせいなのかホテルの設備がもともとアレなためなのかはわからなかった。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

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September 17, 2017

[Journey] 旧・豊原市 (Yuzhno-Sakhalinsk)/南樺太 '17. 9.17

新千歳空港を発ったプロペラ機は、1時間半後にユジノサハリンスク・ホムトヴォ空港に着陸した。小さく薄暗い空港だった。何処かから薪を燃やす臭いがした。建物を出て、闇の中に一台だけ停まっていた白タクっぽい車を拾い、ホテルへ。手荷物を全て機内持ち込みにしたので空港から早めに出られたからよかったものの、預け入れにしていたらどうなっていただろう、と思うと少しゾッとした。

現地時間は22時になっていた。北海道の真北にあるのに、日本より2時間も時計の針が進んでいる。

1945年まで、ここは日本の樺太庁豊原支庁豊原市だった。

現在、ここはどこの国の領土なのか。

ロシアのビザを準備し、さっき空港でパスポートにロシアの入国印を押されておいて今さらこんなことを書くのも我れながらちょっと白々しいと思うけれど、数日前に旅立つ準備をしつつ外務省海外安全ホームページをチェックしたとき、真面目にその疑問が湧いた。


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(外務省海外安全ホームページ掲載の地図)

海外安全ホームページの地図では、樺太島の南部はロシアと区別されていた。ひょっとして別扱いでどこかに掲載されているのではないかと検索方法をいろいろ変えてみたけれど、見つからなかった。そしてあっちこっち調べるうちに発見したのが、同じ外務省のサイト内にある「北方領土問題に関するQ&A(関連質問)『「国内で発行されている地図において、南樺太などが日本ともロシアとも違う色に塗られているのはなぜですか』」と書かれたページだった。

「1951年のサンフランシスコ平和条約により日本は北緯50度以南の南樺太とウルップ島以北千島列島のすべての権利、権原及び請求権を放棄し、最終的な帰属は将来の国際的解決手段に委ねられ、それまでは南樺太及び千島列島の最終的な帰属は未定である」というのが、このページに書かれている、現在の政府の見解だ。帰属未定地であるがゆえに樺太島の南部は白色なのだ。

白地図の上にいる気分で一夜を過ごす。北海道とほぼ同じ経度で時間は2時間進んでいるため、空が明るくなったのは午前8時近くだった。

街へ出る。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

現在、ユジノサハリンスクといわれるこの町はロシア・サハリン州の州都とされる。人口は19万人。ロシアに行ったことがないので、これがロシア的な街の様子なのかどうかわからない。けれど、日本の街と雰囲気が違うのは明らかだ。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

しかし、紛らわしく街に溶けこんで走る日本車も時折目に入る。

まず、市場をざっと見る。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

次に鉄道駅とバスターミナルの場所をチェック。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

駅前にあるバスターミナルは、意外にこじんまりしている。乗り場を探して迷う危険が少ないので、これはよいな。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

そして駅前広場から、街を監視するように仁王立ちするレーニン像。これこそロシア支配の象徴か。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

駅前からまっすぐ伸びる道路は「コミュニスト大通り」と呼ばれる。以前は「神社通り」だった。今、道にも町にも日本語の表示は全くない。それどころか英語表示もほとんどないため、「д」やら「ж」やら顔文字ではお馴染みのロシア文字の「形」を頼りに歩く。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

十数分歩いたところにある、一見、日本的な建物。サハリン州立郷土博物館だ。「なんちゃって日本建築」のようにも見えるけれど、1937年、日本時代に建てられたものだ。当初は樺太庁博物館だった。アイヌなど先住民族の資料と共に、日本時代の生活用品や、かつて樺太島の北緯50度線上に置かれていた日露国境標石のレプリカが展示されていた。しかしここもまた説明の多くがロシア語のみで、目に見えて理解できる以上のことはわからなかった。

博物館を後に、さらに通りを進むと、丘の麓に行き当たる。ゴンドラタイプのリフト乗り場があり、300ルーブル(¥570)で上まで往復することができる。結構乗りごたえがあるリフトで、途中一度乗り換えて10分くらいかけて頂上へ。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

「Gorny Vozdukh(山の空気)展望台」と呼ばれるこの場所は、日本時代には「旭ヶ丘」というスキー場だった。市街を一望する。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

おそらく街の作り、特に道路は日本時代から大きく変わってはいないだろう。碁盤の目のような通りは、札幌市をモデルにしたものといわれる。往復のリフト料金を払っていたけれど、気まぐれに、帰路は歩いて下ってみる。汗をかきながら登ってくるロシア人と何度かすれ違う。住民にとってみれば、ここは超お手軽なハイキングコースだ。


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Karapto/Sakhalinskaja, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 9)

途中に貸しスキー屋があった。今も、冬はスキー場としてやっているような感じっすね。

リフトがほぼ直線で展望台と市街の間を結んでいるのに対して、麓への道は九十九折になっているため、思った以上に時間がかかる。力任せにリフト沿いをまっすぐ下りていこうとも試みたけれど、結構急斜面のところが多く、挫折した。スキー場としても初心者向けなところではないように感じた。

結局、麓まで1時間半くらいかかってしまった。そして、以上をもちましてユジノサハリンスクの主要観光地巡りは終了。実は観光スポットは多くない町なのだ。明日以降はどうしましょ…。

『地球の歩き方』に載っていたインド料理レストランで夕食を食う。


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Karapto/Sakhalinskaja, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 9)

今朝、ロシア通貨のルーブルをATMでおろしたときに何気なく「5,000ルーブル」(¥9,500)としたところ、まさか存在すると思っていなかった5,000ルーブル紙幣が一枚ぽろんと出てきた。これを見た瞬間から「まずこの札をくずさなければ」と考えていたので、あえて値段が高め(に思われた)の店に入った。

勘定をすませて店を出てから、お釣りが1,000ルーブル少ないことに気づいた。

…やられた。これが「インドにある」店だったら絶対にその場で釣り銭を確認していただろうに、油断していた。そして想定していたとはいえ、もともとの値段も高かった。チキンカレー、ライスとビールで1,310ルーブル(¥2,489)。釣り銭をごまかされなくても二度と行かない店だっただろうけど、どんよりした気持ちになる。


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