September 24, 2015

線量

せっかく持っている線量計なので、この旅の中で何回か使ってみた。


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Leh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

レーで滞在していたゲストハウスの敷地内で計ったもの。旧王宮で計ると0.10μsv/hだった。こんな土地でも、場所によって値に結構な差が出る。


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Ladakh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

レーからデリーに飛行中のエア・インディア機内。あとで調べたところ、国際線の機内ではもっと高い値が出るようなので、高度が比較的低かったからこの程度だったのかもしれない。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

デリーっす。


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Bangkok (THAILAND), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

バンコクのワット・トライミット。

この線量計では0.05μsv/h未満は計測不可能なのだけど、今回、計測できなかった所はなかった(国内では、西日本で計測不可能なことが何度かあった)。

いろいろ知ってみることは無駄ではない。

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September 21, 2015

[Tour] Delhi / INDIA '15. 9.20~21

レーからデリーへ戻る飛行機は往きに乗ってきた便の折り返しになるので出発時刻も早く、朝8時20分となっていた。宿から空港までは車で15分程度で行くことができるため、それほど早起きする必要はないようにも思ったけれど、念のためにフロントで尋ねる。

「…6時に出発だな」

マジかと思い聞きなおしたところ、インドの国内線は、時には国際線よりもチェックが厳重らしいので2時間前には空港に着いておく必要があるとのこと。

実際、6時半ごろに空港に着くと、建物の前には数十人の、搭乗客の列ができていた。都合3回の荷物検査を受け、無事に機内の人となる。


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Leh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

レーへの往復については、フライトキャンセルに備えて日程にバッファーを持たせていた。リコンファームで電話をかけたときにエアインディアのスタッフからも、「レー行きは欠航が多いから」と言われていた(ちなみに現在エアインディアでは、予約時にこちらの連絡先を伝えておけば国内線もリコンファーム不要とのこと)。けれども、往きも帰りもほぼ定刻だった。

デリーの空港から電車を乗り継いで地下鉄のVidhan sabha駅で下車。駅前で「マジュヌカティラ!」と声をかけられた乗り合いのオートリクシャで10分、大通りの脇で車を降ろされる。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

不自然に木が覆いかぶさったように見える門らしきものがある。たぶん、あれだ。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

マジュヌカティラと呼ばれるこの一角は、デリーのチベット難民居留区として知られている。大通りと、数十メートル離れた川に挟まれた長さ数百メートルの間の地域に建物が密集しており、食堂や商店はもちろんのこと、ホテルや寺院(らしき建物)まである。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

今回の旅はこの際だからチベット尽くしということで、ここに宿を取る。レストランでは、レーで食べてきたチベット料理だけでなく、ブータン料理をインド風に1枚のプレートに纏めた"Bhutanese Talhi"というのを出す店まであったので、久しぶりにブータン料理をいただく。ブータン人もここに来るのだろうか。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

ごちゃごちゃしていることさえ除けば食うものや住むところには困らないので、ひとまずクールダウンするには良い場所だ。

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September 19, 2015

[Tour] Ladakh / INDIA '15. 9.19

もともとは今日もレーからバス等で足をのばすつもりでスケジュールをたてていた。しかし、まだ頭痛が少し残っている。無理をして移動したところで、行く先は結局、僧院だし、大して変わりがないような気がしたので、比較的容易に行けそうな、レーの町からそう遠くない丘にあるシャンティ・ストゥーパへ足を運ぶことにする。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

入口に半角カナで「ラダックシャンティストゥパー」と書かれているのは、このストゥーパ(仏塔)が日本人の手で作られたことのSuggestionでもある。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

仏塔のそばにある僧坊には「Since 1985」とあるけれど、説明によれば、日本山妙法寺山主・藤井日達の下で出家得度した中村行明師が、1991年、ここにストゥーパを建てたという。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

チベット様式と違い、どちらかというと上座部仏教のスタイルに近い仏塔は、ここでは異彩を放つ。

しかしこのストゥーパからの眺めが、レーに来てから見た中でもっとも雄大なものだったことも、正直に書き加えておく。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

市街へ戻る道を下る。とんでもないところに道が通じているように見えるけれど、20分も歩けば、街に着く。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

市街にいくつかあるチベット人マーケットで土産を買って、本日の行程終了。


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Leh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)


埃っぽい町の中を頭痛をこらえて歩き回るより、まったりと日なたぼっこをしているのが、実はここではいちばん快適で贅沢な過ごし方のような気がする。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

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September 18, 2015

[Tour] Ladakh / INDIA '15. 9.18

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Leh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

頭痛は徐々に治まりつつあるけれど、まだ、しばしばズキズキする。高山病には水分不足もよくないそうなので、枕元にはミネラルウォーターを常備。夜中にも結構飲んでいる割にトイレに行くことが少ないのは、空気が乾燥している影響だろう。

今日は郊外にあるゴンパ(僧院)へ行こうと、「レーから30分毎に出発しているミニバス」があるとガイドブックに書かれている、22km南東にあるティクセを目指す。

バスターミナルは、町の中心部から約2km離れたところにあった。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

しかし30分毎に走っていそうなバスは見当たらない。…というかバス待ちの客の姿も見えない。その辺の人に聞いても「ねーよ。タクシーで行け」と、つれない返事。仕方がなく、バス乗り場に隣接してあったタクシースタンドで車をチャーターする。レーのタクシーには公定の料金表があるようで、紙に書かれた料金を指差される。ティクセまで往復900ルピー(¥1,700)。このまま黙って乗るのもなんか悔しいので、レーとティクセの間にあるシェイという村にも寄ってもらうことにする。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

この画像は車の助手席から撮ったもの。フロントガラスについていた緑色が被ってしまっているけれど、ティクセまでの道のりはおおよそこんな感じで、険しくもなく緩やかだった。

30分ほどでティクセに着く。


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Tikse (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

もし(走っていた?はずの)ミニバスに乗っていたら、幹線道路のある丘の麓(上の画像のワゴン車が停まっている辺り)から、頂にある茶色い建物のゴンパまでは歩いて登っていかなければならなかったけれど、そこは貸切車なのでゴンパの入口まで行ってもらうことができた。

いやー年を食ってからの旅は、ケチるだけが能ではありませんわ。


昨日訪れたレーの王宮と外観は似ているけれど、このゴンパは、現役の僧院。入口では、少年僧がスマホをいじりながら入場券をチェックしていた(…)。


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Tikse (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

高さ15mあるという大仏像や壁画がある屋内ばかりでなく、外にも目を向けると、小さな川が集落の端に沿って流れているのが見える。


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Tikse (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

これは、あの、インド亜大陸を横断してアラビア海に注ぐインダス川である。いわゆるインダス文明が生まれたのは遥か下流の地域ではあるけれど、ここでも、古くからこの乾いた土地に住んできた人々にとって、命の源としての役割を担ってきたことは想像するに難くなかった。


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Shey (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

続いて、16世紀にレーに都が移るまでラダックの都だったというシェイへ。

遷都のあとにゴンパや王宮が建てられるなど、レーに都が移ってからも、王家ゆかりの地として重んじられたという。

ゴンパには今も修行僧が生活し、ここでも少年僧がスマホをいじりながら入場券を売っていた(…)けれど、外に広がる光景は、荒涼そのものだった。


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Shey (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

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September 17, 2015

[Tour] Ladakh / INDIA '15. 9.17

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宿のベッドで寝ながらGoogle Mapを見ていて、自分がインドの果てにいることを実感する。そしてまた、二日目にして便所の水が出なくなったゲストハウスが、まるでインド代表のように表示されていることに対してささやかな疑問を感じる。

夜中に、時折、ズキンとくる頭痛で目を覚ます。「眠る」→「呼吸数が減る」→「酸素が体内に入る量が少なくなる」ので、高山病というのは寝ていればよいというものでもないらしい。

今日は、町なかから坂を登ったところにある旧王宮に行ってみる。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

チベット風の町並みの中、ゴミ捨て場で野良牛が食い物をあさっているあたりが、やはりインド。

歩いて15分程度で王宮の入口に着く。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

しかし、鬼のように息がきれる。レーに着いた初日である昨日は高地に順応するために敢えて急な坂道歩きを控えていたけれど、今日のほうが高山病の症状はきつい。

王宮は16世紀に建てられた。チベットのラサにあるポタラ宮殿は、この建物をモデルに造られたという。しかしこのレーの王宮は、19世紀にラダック王国がカシュミールの藩王国に併合された後は、一部の部屋を除いて人は住んでおらず、廃墟となっている。ちなみに現在レーが属するのも、インド・カシュミール州。「ラダック」は一地方の呼称としてのみ名を残す。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

ポタラ宮には行ったことがないけれど、私的には同じチベット文化圏の、ブータンのゾン(県庁兼寺院として現在も使われる建物)に似ている感じがした。

↓これがブータンのゾン(パロ・ゾン)
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Paro (BHUTAN), SONY α380 with SONY Vario-Sonnar T*DT 16-80mm F3.5-4.5 ZA (2011. 2)

レーでは食べ物も、私的には要領をつかんでいるチベット料理を扱う店が多い。ラーメン餃子ならぬトゥクパやコーテルモモで軽くメシとする。


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Leh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)
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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

食欲が落ちているので、これで何とかなってしまう。んーまあそれはそれでダイエットのよい機会かと(→ポジティブ思考)。

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September 16, 2015

[Tour] Ladakh / INDIA '15. 9.16

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Somewhere on Thailand, NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

バンコクを発った機内では、深夜といえど容赦なくカレーが供された。食べ終わる頃に消灯され、自然に目を閉じると、デリーに着く頃には、想定どおり、しっかり胃がもたれていた。


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Delhi (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

乗り継ぎの飛行機は6時25分発。チェックインが始まるまで空港内で時間をつぶす。早朝の飛行機に乗るためには、デリー市内に泊まって未明の街なかから空港へ向かうよりも夜中にデリーに到着する便から空港を出ずに乗り継ぐほうが難度が低かろうと思いこのようなスケジュールにしたのだけど、体力的には、やっぱり楽ではない。


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Ladakh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

定刻に離陸したエア・インディア機は、しばらく豊かな緑の大地の上を飛んだのち、いきなり、頂に冷たい雪を乗せた殺風景な砂山を見下ろす。


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Ladakh (INDIA), NIKON COOLPIX P340 (2015. 9)

-アノヤマハナンダ……。

-ヒモーレヤ。

…アア、ヒモーレヤ、ダ!

ともにのぼりなん……
ヒモーレヤ砂漠、死出山(しでのやま)、潮干山(しおひのやま)……

私は、藤原新也氏の『西蔵放浪』の一節を思い出していた。

藤原氏が陸路で辿ったかもしれない道を上からなぞるように飛行機は高度を落とし、ラダックの中心地・レーに着く。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

レーは標高3,500m。日なたでは、日中はTシャツ一枚でも過ごせるくらいの暖かさだ。しかし日陰に入ると結構冷える。

過去、4,000mくらいの高さまでは経験したことがあるけれど、高山病に備えて、今日は無理をせずに町なかを軽く歩くだけにとどめる。…つもりだったが、町なかも結構起伏があり、上り坂では簡単に息が切れる。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

とりあえず街の雰囲気をつかむ。レーのあるラダック地方はチベット文化が残る地域として知られているけれど、歩いてみると、イスラムっぽさもあちこちに感じる。ラダックは現在、インドのカシミール州に属する。カシミールはパキスタンと国境を接しており、文化的には、古くから普通にイスラムの影響があるように感じる。


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Leh (INDIA), SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2015. 9)

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August 25, 2015

インドのビザを取る

前にインドに行ったときには、大使館に行ってビザを取った。だがしかしいつの間にかインドのビザ発行は、「IVS」という専門の会社が扱うことになっていた。いくつかある取得方法の中で、いちばん安くて単純で手っ取り早い、自分で申請書を書き、直接IVSへ足を運んでビザを発行してもらう方法をとることにする。

まずIVS(「インド・ビサ・アプリケーション・センター、インド渡航ビザセンター」とも書かれているけれど、India Visa…Sが何だかわからない)のサイトで申請書を作成し、印刷する。


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Tokyo, NIKON COOLPIX P340 (2015. 8)

そしてJR田町駅の近くにあるIVSのオフィスへ行き、パスポートと申請書、それからインドに入出国する際の航空券のEチケットも必要と書かれているので、これらの書類一式を提出。陸路でインド入りを考えている人はどうするんすかね。また、パソコンを持っていない人は、IVSにあるパソコンを使わせてもらって、結局、Webで申請書を作らなければいけないようだ。

申請書を窓口に提出して数十分後、窓口の人に呼ばれる。

「ここに書いてある、勤務先住所の『大(おお)…』のスペルは"Oh"ではなくて"O"です」

ローマ字はあんまり得意ではないので、まあいいかと思い、素直に受け入れる。

「あとOccupationのところ、Designationの欄にも詳細を書いてください」

ツーリストビザを申請しているのに、勤務先の記述にクレームを付けられる。そこでIVSにあるパソコンを使って直そうと思い、その旨を話すと、「ここのパソコンをつかうと、おかねがかかりますけどいいですか?」と言われた。いくらだろうかと軽い気持ちで尋ねたところ、

「せんはっぴゃくさんじゅうえんです」

との答え。

…家に帰ってもう一度出直してくる交通費のほうが安いではないか。この日は申請をあきらめて、家で目を皿のようにして申請書を再作成し、一週間後にリトライ。今度は無事に受諾されて、ビザが発行された。

しかし受け取ったのは、6ヵ月有効のマルチビザ。申し込んだのは一回限り有効のシングルのはずなのに、これはオマケなのだろうか。


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いかにも、インド。そしてやっぱり、インド。

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May 01, 2011

サイ・ババ死す

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Kathmandu (NEPAL), KONICA Digital Revio KD-500Z***

聖灰や指輪をいきなり手の中から出現させる「奇跡」というのを聞いて「ああ日本でいうMr.マ●ックみたいな人だ」と感じ、自ら90歳代まで生きると余生を予言するのを聞いて「ああ日本でもDr.●松という有名発明家が『人間は144歳まで生きることが可能』と言ってるよね」と安易にたとえてしまう私の感覚に問題があったせいか、どうもこの方の立ち位置をつかめないうちに、亡くなってしまった。だが、インドの首相や閣僚が追悼のメッセージを寄せていることを知り、今までの見方は誤っておったのかもしれないと、ちょっと反省した。

しかし、そういうことも含めてのインドだからなぁ(…いつも以上にわかりづらい文章ですみません)。

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April 08, 2010

はなまつり

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Tokyo, SONY α380 with 16-80mm***

釈尊の生まれた日とされる、はなまつり。

日本にいると、4月8日がはなまつりであることに何の疑問も持たない。

しかしブータンに住んでいた頃、当地では祝日になっていた釈尊の誕生日は、4月8日ではなかった。

そこで先日、少し詳しく調べてみた。

すると、釈尊の生まれた日については、
(1) 中国暦4月8日
(2) インド暦2月15日
の二つの説があるということがわかった。

中国暦はインド暦より2~3ヶ月遅れであるため、この二つはニアイコールだと言えないこともない。だが「4月8日」を太陽暦にそのまま読み替えて誕生日としているのは、日本だけらしい。

言い伝えによれば、花園の中で生まれた釈尊の下に、天から九頭龍が舞い降りてきて、産湯を使わすために甘露をそそいだという。中国暦の4月8日は、今年の太陽暦では5月21日。釈尊が生まれた地、現ネパール領のルンビニーでは、おそらく雨季に入る頃だ。もっとも暑く、草花が咲き乱れる時期だろう。

だが、むしろ日本では、桜の花が満開になる今ごろのほうが、その情景を想像しやすいのかもしれない。


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Tokyo, SONY α380 with 16-80mm***

画像は、池袋・護国寺のはなまつり。

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February 28, 2009

なぜにインドに学校

TBS系列で、『悪魔の契約にサイン』というTV番組があった。

今月で終わってしまったのだけど。

元・猿岩石の有吉弘行などが出演していて、昔やっていた『電波少年』的なノリの企画もあったので、たまにツボにはまると面白かった。

その番組の終了近い時期、タレントの若槻千夏が、自らセミヌードになってその写真でTシャツを作り、Tシャツの売上げでインドに学校を建てよう!という企画があった。

ちょっと前に彼女が東南アジアでバックパッカーをやったとき、現地で、学校へ行けない子供たちを目にして、自分の手で何か役に立つことをしたいから、といったような理由だったと記憶している。

インドで学校を一つ建てるためには、Tシャツを3,000枚売る必要があるという。そこで、いろいろと頑張った結果、目標の3,000枚の倍の6,000枚を売ることができたらしい。学校が二つ以上建てられるのだろうか。素晴らしい。

ところが番組終了後、寄付金受け入れをする予定だった社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンからサポートを拒否されたと、この番組の公式サイトに載っていた。理由は明らかにされていない。現在TBSでは「責任を持って、新しい方法を速やかに決定するように努めてまいります」とのこと。

理由として、ヒンディーやムスリムが多いインドでは、ヌードに嫌悪感を持つ人が多いから、という推測もされている(注:ソースは日刊ゲンダイ)。

けれども、もともとこの話、コンセプトが甘かったり、胡散くささが感じられたりする点がいくつかあった。

まず、彼女は東南アジアを旅したにも関わらず、学校はインドに建てられるという点。

インドと東南アジアを一緒にするのは、行ったことのない人の論理である。

ましてや彼女に思い入れがあるのならば、まずは自分の訪ねた国や町の中から候補地を見つけるのが自然ではないのだろうか。だが、その辺りについての説明は、番組ではされていなかった。

そして学校をインドのどこに建てる予定だったのか、費用はいくらかかるのか、Tシャツの売上のうち、どのくらいの額が学校を作る費用に充てられるのかについても具体的な説明はなかった。

番組で大きく取り上げられたのは、彼女がセミヌード撮影に挑むところと、目標・3,000枚のTシャツを売りさばくシーンがほとんどであった。

それは別に構わないと思う。TV的に画になるのは、そーいう所なのだろうから。

しかし懸念されるのは、もしセミヌードが原因で受け入れを拒否されたのであれば、インドのみならず他のアジアの国々の多くでも、同じ結果になるのではないかということだ。

例えば、東南アジアの中ではこの手の規制について比較的ユルい雰囲気のあるタイでも、セミヌードはぎりぎりOKだけれど、たしか乳首は非合法であったはずである(タイで売られているアダルト系ソフトは、ほとんどが日本製の違法コピー)。

ぎりぎりOKの企画で集めた金でもって子供が通う学校を建てろと言われたところで、嬉しくはないだろう。普通。

周囲の仏教国も似たような状況だ。イスラムの国々は言わずもがな。市中でヌード写真の載った雑誌などを合法的に入手できたのは、私の記憶では香港くらいである。

そしてもうひとつ。結局、この番組を見た人の記憶に残るのは、若槻千夏がセミヌードになりましたということ以外では、インド(=「東南アジア」)では、学校を建てる資金が不足しているために学校に行けない子が多い、ということである。

これでいいのだろうか。さて。


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Jaigaon (India), MINOLTA α-9xi with 24-85mm***


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