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May 02, 2017

[Journey] 青森県八戸市~新郷村 '17. 5. 2

この日泊まった「新むつ旅館」の館内を二階から見下ろす。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

吹き抜けがある、独特の建築様式。国の有形文化財に指定されている。築100年を優に超える建物だ。

新むつ旅館は1957年まで「新陸奥楼」という名前だった。

かつて小中野には遊郭街があった。新陸奥楼は、最盛期に39軒あったといわれる小中野遊郭のひとつだった。開業は1898年。新むつ旅館は、遊郭だった建物を今も旅館として使っている。現在新むつ旅館をほぼ一人で仕切っている女将さんの話と、ここで見せていただいた資料から当時の様子を振り返る。

八戸市のまん中あたりに位置した小中野遊郭の主な客は漁師だった。1941年、八戸に陸軍飛行場ができ、戦争が始まると兵士の客が増えた。1930年発行の『遊郭案内』なる本によれば、花代は3円30銭。当時の大卒初任給は73~75円だった。それを元に今の貨幣価値に換算すると、おそらく花代は9,000~10,000円くらいに相当する。

当時はトラブル防止のために客は身分を明らかにしなければ遊べなかった。「遊客帳」と書かれた帳簿に記録が残されていた。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

名前や住所だけでなく、職業、年齢や外見、お相手した女性までも書かれていた(ここに載っている人はさすがに現在はほぼ物故者ではないかと思われるけれど、プライバシーを考慮してモザイクをかけました)。

新陸奥楼は、遊郭の割に部屋数が少ない。客室のある2階にある部屋は7つ。また私がこの日泊まった部屋は、妓楼にしては広く感じた。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

「新陸奥楼には娼妓だけではなく芸妓もいたんでしょうね」と女将さんは話した。それを裏付けるように、宴会芸に興じる様子の写真が残されていた。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

他にもたくさんの写真があった。

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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

撮影されたのは昭和初期と思われる。

「この時代に、よくも多くの写真を撮ることができたものですね」と言うと、女将さんは「やっぱり芸者っていうのは、…それだけ特別な職業だったんでしょうね」と話した。思いおもいの形に切り抜かれた写真や剥がされた写真の跡から、写真に写された光景とはまた別の物語が想像された。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

現実に返ると、いま新むつ旅館が抱える最大の問題は、建物の維持管理と老朽化対策にお金がかかることなのだそうだ。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

「有形文化財だから、いいかげんなこと(管理)はできないし」。女将さんは悩んだ末に今月から宿泊料を値上げしたという。しかし多少値上げしたところで、先述したように部屋数が少ないため、維持費をまかなうには十分ではない。それならば、せいぜいどんどん泊まってあげようではないかと思うけれど、女将さんも実は高齢で、旅館が忙しければ忙しいほどよいかといえばそうでもないらしく、難しいところではある。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

新むつ旅館だけで既に今日はお腹いっぱいな感じなのだけど、先を目指す。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

17050211gosyuin八戸の繁華街まで歩き、町なかにある神明宮でご朱印をいただく。「日本一の山車祭り」といわれる八戸三社大祭のときは賑わう神社のようだ。

路線バスで五戸(ごのへ)へ移動。

青森県東部には語尾に「戸」と書いて「へ」と読む地名が多い。一戸から九戸まで、数字が頭につく「戸」は四を除いて八つある。この「戸」には、厩(うまや)の戸の意味があるらしい。

五戸のバスターミナルで「-すみません回送中です SORRY OUT OF SERVICE-」と方向幕に書かれたバスを見た。

この腰が低いバス会社は、南部バスという。

バスターミナル構内に「南部鉄道 使命を果す」と刻まれた碑を見つけた。調べると、1968年まで八戸と五戸の間に路線があった鉄道会社だった。このバスターミナルも、周りに駅がないのに「五戸駅前」という停留所名だった。昔は駅があった場所なのかもしれない。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

そしてさらにこれも調べてわかったのだけど、南部バスは昨年11月に倒産し、岩手県北自動車に事業譲渡していた。倒産の原因は、自動車保有台数の増加などによる利用者数の減少などとのこと。車両や停留所の表示はほとんど南部バスのままだったので、知らなければたぶん気がつかなかった。南部バスの名前も、腰の低い回送表示も、そのうち見られなくなってしまうのかもしれない…ていうか、ここは青森県だけど、岩手のバスになるのか。

バスを乗りかえ、新郷村へ。そして村営のマイクロバスに乗り継ぐ。この村営バスは運賃無料。利用者減に悩む地方の路線バスの、最終対応策を見るような気がする。

住民税も払っていないのに無料のバスに乗るのはなんだか申し訳ない気がするけれど、そこはさすがに地元民のためのバス。車内放送も降車ボタンもない。無料に甘えて黙っていると、終点まで連れていかれる模様。

やがて車は山間部に入った。この辺りは昔「戸来(へらい)」という村だった。ここも数字ではないけれど「戸」がつく地名だ。車窓に目を凝らし「降りまーす」と申告して、無事に下車。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

着いた。

「キリスト公園前」。停留所には「南部バス」と書かれているけれど、南部バスは走っていない。たぶんこれも廃止されて代わりに村営バスが走るようになったのだろう。

ここには「イエス・キリストの墓」といわれる十来塚がある。

前からその存在は気になっていたけれど、やはり交通が不便なため今まで訪れたことがなかった。

ちなみに、この先には「大石神ピラミッド」と呼ばれる巨石群がある。


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Aomori, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 5)

この道路表示はウケ狙いの要素も多分に含んでいそうだけど、見た目は強烈だ。「十和田ライン」とあるのは、この道をずっと進むと十和田湖に至るためだ。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

バス停の近くに「キリストっぷ」という売店があった。これが「ミニストップ」にかけた名前であることに気がつくまで10分以上かかった。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

「今年度の営業は終了しました」って、今5月だよ。

ここに「キリストの墓がある」と主張したのは新宗教団体・天津教の教祖、竹内巨麿(たけうちきよまろ)だった。

竹内家に伝わる「竹内文書」によれば「イエス・キリストは実はゴルゴダの丘では処刑されず、弟のイスキリを身代わりにして33歳のときに日本に渡り、106歳で亡くなるまでここで暮らし、その墓は「十来塚」と呼ばれた」と記されているという。1935年8月に大石神のピラミッド確認のため訪れた竹内は、ここで長方形の盛り土を発見し、これが「十来塚」だとした。

その後、ここ戸来が古代イスラエルを指すヘブライ(Hebraea)に由来する地名であるとする説や、この地に伝わる「ナニャドヤラ」という歌はヤハゥエ(Jehovah。古代イスラエルの唯一神)をたたえるヘブライ語の歌であるという説を唱える者が現れるなど、「キリストの墓」伝説は盛り上がりを見せた。

けれども信憑性は、高くならなかった。キリストのほか、モーセやブッダなど大宗教の教祖も皆来日して天皇に仕えたことになっている(モーセの墓は石川県にあるとされる)という、あまりにも大胆な内容の竹内文書は、それ自体の信憑性を疑問視する声のほうが圧倒的に多かったのが現実だった。

私は子供の頃に雑誌か何かでここの存在を知り、モヤモヤした覚えがある。その後、インターネットなどによって信憑性のモヤモヤは薄れていってしまったけれど、現地を見たいという気持ちは持ち続けていた。

まず公園内にある「キリストの里伝承館」に行き、キリストの墓伝説の詳細を学習する。入場料¥200。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

キリストの里伝承館は森の中の教会風で、周りの景観に馴染んでいた。そして、いざ墓へ。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

「十来塚」と墨書された標が、卒塔婆のようだ。

角材をラフに組んだ趣の十字架と共に、これもまた周囲に馴染んで、こう書くと妙な感じもするけれど、「和」の雰囲気を醸している。


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Aomori, SONY α390 with SONY DT 18-55mm F3.5-5.6 SAM II (2017. 5)

十字架の前に埋められている御影石には「この石はイスラエル国、エルサレム市と新郷の友好の証としてエルサレムから寄贈されたものである。」と書かれていた。

意外にも、この墓はキリスト教の聖地からも温い目で見られているようだった。考えてみれば先日このブログで触れた仏舎利にしたところで、真贋性を語りはじめたら相当怪しいものもかなり含まれているわけであり、そもそもが宗教的なものに対して本物かどうかを追究し続けたところで、宗教的にはあまり意味がない気がする…歴史学的とは別にして。

17051220christfes帰り道、新郷村の商店などに『第54回キリスト祭り』のポスターが貼られているのを目にした。6月第一日曜日の午前10時から11時30分までという、お祭りにしては中途半端に思われる時間ではあるけれど、第54回という回数が、キリストの墓伝説がそれなりにこの村に定着している事実を意味するともいえよう。

このキリストの墓は、この先もモヤッと存在し続けるのだろうな。そう感じた。

余談ではあるけれど、キリストの里伝承館の売店で売られていた新郷村特産の黒飴アイスクリームがとても旨かった。伝承館の入場者は通常価格¥250のところ、なんと特別価格¥200で買うことができる。新郷村は青森で最初に酪農が導入されたところなのだそうだ。

17051221kuroameice天気のいい日にここでアイスクリームを喰らいながらキリストに想いを馳せるというのも贅沢かつ至福のひとときだったので、お勧めしたい。いやしかしここまで来るのが大変なのだけど。

さらに余談。キリスト祭りの様子をYoutubeで見つけた。


神主さんが仕切るんだ。なんとなく納得。

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