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March 2017の1件の記事

March 18, 2017

[Journey] まだ乗ったことのないJR東海の路線に乗る '17. 3.18

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Aichi, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

チェリオの自販機が目立つ町・名古屋。私が中学や高校の頃、チェリオは東京でも普通に売られていた。今「チェリオ」を見ると妙に濃い懐かしさを覚えてしまう。なぜこのような気持ちになるかと言えば、チェリオはコカコーラなど他の清涼飲料に比べて10円安かったからだ。瓶入り60円、瓶を店に返すと中味は実質50円。夏は学校の帰りにチェリオ一気飲みするのが習慣でした。

今日はまず、表題のJR東海の路線に乗る前に、以前から訪れたいと思っていた二つのお寺を巡る。


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Aichi, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

出張で地下鉄に乗ったときに、駅にこの表示があるのを見つけて、ひょっとしてタイと何か関係があるお寺かと思い、あとで調べたところ、やはりそうだった日泰寺。


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Aichi, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

17031803nittaijigosyuinこのお寺はタイ王国から寄贈された仏舎利を安置することを目的として1904年に創建された。日本で唯一のどの宗派にも属していない超宗派の寺院であり、現在は19の宗派の管長が、三年交代で住職を務めている。

ここの舎利殿に納められている仏舎利はイギリスの地方行政官だったウイリアム・C・ペッペ氏が1898年にネパール国境に近いインド・ピプラハワ村の古墳で発掘作業中に発見したもので、骨が納められていた壺には「ガウタマ・シッダールタの遺骨及びその一族の遺骨」と古代文字で書かれていた。この仏舎利は1899年にイギリスからタイ王室に寄贈され、その一部が分骨されて日本に来たという。

ところで、今まで訪れたお寺の中で仏舎利 があるとされるところは、ざっと思いつくところだけでもスリランカのキャンディにある仏歯寺、つい先日訪れた岩手県の釜石大観音に次いで3ヵ所めになる。

今まで特に仏舎利を目当てにお寺に行っていたわけでもないけれど、そんなに多くの場所にあるものなのだろうか。


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Aichi, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

調べたところ、ここに納められているペッペ氏が発見した仏舎利が、現在、仏陀の遺骨として存在する中では最も信憑性が高いもののようだった。

キャンディの仏歯寺にある仏陀の歯は4世紀に東インドのバラモンの女性が持ち込んだものとされ、釜石大観音の仏舎利は1975年に、やはりスリランカにあるケラニヤ寺院から贈られたもの。ケラニヤ寺院は仏陀が生前に説法で訪れたといわれる。

もっとも仏陀の死後に遺骨は八つに分けられたと言い伝えられており、ペッペ氏が発見したのはそのうちの一つと考えられることから、それ以外が全て偽物であるとも言いきれない。


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Kandy (Sri Lanka), MINOLTA X-600 with MINOLTA MD 50mm F1.7 (1991. 9)

スリランカの仏歯寺(上)と、スリランカ様式っぽい釜石大観音の仏舎利塔(下)。おそらく気づかないうちに仏舎利があるといわれる寺に、もっと他にも行っているかも…。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2017. 1)

続いて関西本線で三重県・津へ。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

県庁のすぐ近くにある、四天王寺へ行く。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

17031811gosyuin2大阪の四天王寺と同名のお寺。

日本最古の本格的仏教寺院(…実は微妙な言い回し)として知られている大阪の四天王寺は593年に聖徳太子が建立した。

一方、こちらの四天王寺は、ご朱印をいただいたときに説明していただいた女性によれば「千年くらいの歴史がある」そうだ。こちらも推古天皇の勅願で聖徳太子が建立したと伝えられている。推古天皇は6世紀から7世紀にかけて存在した天皇なので、もっと以前からあったと言いきってしまってもいいような気がしたけれど、控えめだった。

四天王寺というお寺は、昔は大阪とここの他に滋賀県などにもあったけれど、それらは既になくなってしまい現存するのは二つだけという。

ネットで調べると「四」が付かない「天王寺」というお寺は東京や福島にもあるので、それらとの関係を尋ねたけれど、「インターネットはあまりやらないのでよくわかりません」といわれた。

その割には、お寺のところにこのような看板が掲げられていたのがお茶目さんだった(↓)。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

さてここからが今日の本題です。


名松線

津から近鉄電車で名張(なばり)へ移動。途中、長いトンネルで峠を越える。

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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

名張は津と同じ三重県にあるけれど、耳に入る言葉のイントネーションは大阪に近い。津の言葉にも関西の雰囲気はあったけれど、大ざっぱにとらえれば名古屋っぽい感じがしたのに対して、明らかな違いを感じる。山を越えたあたりで変化したのか。また、名張は関西からの通勤・通学圏でもある。大学時代や大阪で勤務していた頃、名張から通っているという人に何人か会った。大阪・難波までの運賃は特別料金不要の急行電車で¥1,010、所要時間は1時間20分。首都圏でたとえれば熊谷や土浦や平塚あたりに相当するような。

ここから山向こうの三重県松阪市には、近鉄の特急電車に乗れば約40分で行くことができる。しかし近鉄のほかに、もうひとつ名張から松阪へ向かう鉄道が計画されていた。それが、これから乗るJR名松線だ。

名松線の名前は「名」張と「松」阪からそれぞれ一文字ずつ取って付けられた。近鉄がほぼ直線で結んでいる二つの町の間に、わざわざもうひとつ鉄道を作る必要性がどれだけ高いものだったのか定かではないけれど、名松線は1935年に松阪から途中の伊勢奥津(いせおきつ)まで開通した。しかしそこで建設は途絶えてしまい、現在に至る。

そんな路線だから、今まで乗る機会はなかった。いや、実は伊勢奥津までの途中にある家城(いえき)まで列車に乗ったことはあった。

名松線は2009年から2016年にわたる長期間、台風による土砂崩れの影響で家城と伊勢奥津の間が不通だった。この間の2013年7月に「まだ乗ったことのない…」シリーズ遠征で鉄道の不通区間を走っていた代行バスを含めてこの線に乗り、松阪から伊勢奥津まで行った。列車が来ない伊勢奥津駅は夏草が生い茂っていた。


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Mie, SONY Cyber-shot DSC-RX100 (2013. 7)

列車代行バスを「列車」と同等にみなしてよいものか否かは各々の拘りによるのではないかと思うけれど、わたくしの定義的には「いちおうそのときは乗ったものとしてカウントしてよいと思うんだけど復旧したら列車にも乗るのがスジなのではないか」という感じなので、再訪することにした。

そこでせっかくだから未開通区間も含めて名張から伊勢奥津経由で松阪を目指そうと考えて時刻表を調べたところ、名張から伊勢奥津行きの路線バスというのは一日一本、夕方の便しかなかった。よくその程度の需要で線路を敷こうと考えたものだと感じたけれど、当時とは非常に大きく、そして激しく事情が変わったのだろう。

17時15分、5~6人の乗客を乗せてバスは発車。車はやがて山あいに入る。意外に険しい感じはしない。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

なんとなく、かつて訪れたことがある房総の山中-JR久留里線の上総亀山から安房鴨川へ至るバスの車窓やいすみ鉄道終点の上総中野から養老渓谷あたりの風景-と被って見えた。上総亀山から上総中野の間も、かつて鉄道を通す計画があったけれど、頓挫した。そんな歴史的背景が感覚をだぶらせたのかもしれない。小さな集落の停留所でぽつりぽつりと客を降ろしていき、30分くらい走ると、客は私だけになった。停留所のアナウンスが3ヵ所分くらいまとめて放送された。雑だな、と思ったけれど、どうせ終点まで乗るのだから、案内放送は、私にとってもどうでもよかった。1時間ほどで伊勢奥津に着いた。

しかしバスは駅前を徐行しながら通過し、駅舎の脇の折り返し場所とおぼしきところでゆっくりと方向転換をはじめた。…ひょっとして私の存在を忘れられたか。もし本当に気づいていなかったとしたら、発見されたときに相当驚くのではないかと思い、運転手に気遣ったつもりで、まだゆっくりと動いている車内を、そっと前方に歩いていく。私の姿に気づいた運転手氏は、案の定、相当驚いた様子だった。驚かせてしまったため、私も思わす「すみません」と言ってしまった。いや、やはりここで謝る必要は全くないのだけど。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

運賃を払い、ひと気のまったくない駅へ向かう。駅から駅前を振り返る。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

灯りがない…。

2013年に代行バスでここに来たときは、昼間だった。でも、やはり駅付近に人はいなかった。代行バスの客も、わたし一人だった。伊勢奥津には、7年にわたって列車が来なかった。どう考えても、JRは土砂崩れが起きた当初、復旧する気はなかったのではないだろうか。おそらく沿線住民の熱意によって営業再開にこぎつけたものとは思われるけれど、やはり、鉄道として線路を敷いて稼いでいけるのかと考えると、所詮ヨソ者の感覚ではあるけれど疑問はある。

無人の駅建物の入口には暖簾がかかっていた。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

名張からの唯一のバスに接続するのは18時58分発の上り最終列車。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

列車が到着したときにホームで待っていたのは、結局わたし一人だった。数人の地元客が列車から降りて闇の中に消えていったけれど、折り返しの列車には私以外に数人のマニアっぽい人がいた。皆、下り列車から乗ったまま戻るようだ。

地元客ゼロで出発した一両編成の最終列車は闇の中を走り、ほどなくして家城駅に着く。頭の中で片岡鶴太郎氏の歌う「IEKI吐くまで」という曲が流れる。


前にここで列車から代行バスに乗りかえたときにもこの曲が脳内に浮かんだことを思い出す。

…。

ともあれ、ここで名松線を完乗し、終点の松阪へ。これにて、この旅終了。


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Mie, CASIO HIGH SPEED EXILIM EX-ZR4000 (2017. 3)

さて。本日の時点でJR乗車距離を計算した結果がこの表です。

会社営業キロ乗車キロ乗車率
JR北海道2,464.22,244.5 91.1%
JR東日本7,346.47,211.798.1%
JR東海1,967.51,967.5100.0%
JR西日本4,985.44,831.396.9%
JR四国855.2814.495.2%
JR九州2,251.62,251.6100.0%
合計 19,870.3 19,321.098.0%

これでJR東海は100%鉄道の乗車を達成したわけですけど、全国各地にまだ微妙に乗り残しがあるので、今後の国内旅のDestinationはこれらの中の残った所がまず候補になるのではないかなと。

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