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April 29, 2016

[Journey] 福島県いわき市~南相馬市 '16. 4.29

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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 4)

JR常磐線の下り列車に乗り、福島県最初の駅が、この勿来(なこそ)駅。勿来は、古語の「来るな」という言葉に由来する。この「来るな」には、蝦夷の南下を防ぐ意味があったという説がある。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 4)

8世紀頃、この近くにあった常陸国と陸奥国の境に、菊多関があった。この地は昔「名古曽」と呼ばれていた。そして江戸時代初期に磐城・平(たいら)藩は、ここに「なこそ関」があったと見立て、観光地化した。

先日訪れた白河関とともに、奥州三関のひとつとされた「勿来関」だ。

その勿来関は、町はずれの丘の中腹にある。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 4)

関門の脇に建っているのは、平安後期の武将・源義家の銅像。

だが実際には、ここが勿来関だったという確たる証拠はないそうだ。

勿来関の場所に関しては、宮城県利府町名古曽ではないかとする説もある。

「名古曽」という地名は、このほかにも全国各所にある。もともとはなだらかな海岸の狭い平坦地を表す地形用語なのだとか。

また関律令体制を補完する格や律、古代歴史書の『六国史』にも、規定も名称も見えないことから、勿来関の存在自体を疑う説さえある。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 4)

16042905kunitamagosyuin海岸に出る。遠くに見える横縞の煙突は、常磐共同火力の火力発電所のものだ。

発電所の反対方向、撮影した背後にあたるところは断崖になっており、そこが常陸国と陸奥国の境だった。またここは東京と仙台のちょうど中間地点にある。勿来駅前から東京・仙台への距離はともに177kmだという。

市街地へ移動し、國魂(くにたま)神社に足を運び、ご朱印をいただく。806年創建の由緒ある神社だ。

「いわき」はひらがな、「勿来」は漢字で書かれている。

昔は、勿来市という市があった。だが、1966年に大規模合併で、ここはいわき市の一部となった。いわき市は大規模合併の元祖的な存在で、その当時は日本一広い面積だった。

しかしここに住む人たちは、今も勿来という地名に誇りを持っているのではないかと思う。地名にふりがなが振られているのをあまり目にしなかったのだ。

…勿来です。「勿」は漢文で目にする、否定の意味で使う字です。なこそ、と読みます。来るな、という意味です。なぜ「来るな」かというと…

勿来関の存在の真偽はともかくとして、地名でこのような話ができるところに住む人が、それだけで私は少しうらやましい。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 4)

常磐線の電車に乗り、いわき駅で途中下車。かつて平(たいら)という名前だったこの駅は、いわき市の要望で1994年に改名された。名前の通り、ここがいわき市の中心部に当たる。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 4)

夕食をとろうと駅前をしばし歩いたけれど、適当な店が見つけられなかった。それでは駅ナカで適当に何か買おうかと改札を抜けたけれど、駅の構内には売店すらなかった。東京から特急列車も来る駅なのに寂しい限り。

常磐線で北上を続ける。ここから先は普通電車しか走っていない。2年前に訪れたときと同じように、竜田駅で下車。鉄道が通じているのは今もここまでだ。駅がある楢葉町は、昨年、福島第一原発事故に伴う避難指示が解除された。それまで「避難指示解除準備区域」と呼ばれていたこの町は、立ち入ることはできても外泊はできなかったけれど、今は普通に住むことができるようになった。

駅前から、2年前にはなかったバスが走るようになった。南相馬市の原ノ町駅との間を結ぶ、鉄道不通区間の代行バスだ。このバスによって、常磐線は、一応、全線を通して乗りとおすことができるようになった。だが、あくまで、一応、だ。

この旅に出る前に、都内の駅で「常磐線経由で仙台まで」といって乗車券を買おうとしたところ、「…はぁ!?」と聞き返された。「えっと、竜田と原ノ町の間は代行バスでですね…」と、こちらからこのバス路線の存在を説明することによって、きっぷは売ってもらえたのだけれど。

それは、おそらくこの竜田-原ノ町間のバスが一日2本しか走っていないためだろう。原発事故前は特急列車も走っていたこの区間の代替交通機関としては、本数が少なすぎる。たぶん地元の人のための最小限の利用のみを考慮して設けられたように思われる。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 4)

2年前とあまり変わらない様子の駅前から、この日の2番バスである原ノ町駅行き最終バスに乗る。乗客は7人。私が数えたわけではないけれど、車掌が「七人」と大きな声でどこかに報告していた。発車前に「この車は帰還困難区域を走るので、窓を開けるのは禁止とさせていただきます」とのアナウンスがある。帰還困難区域は、「5年たっても年間積算放射線量が20mSV(ミリシーベルト、マイクロシーベルト(μSV)の1,000倍)を下回らないと推定された地域」と定義づけられる。福島第一原発事故から5年経った今、現実が、目の前の闇の中にある。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 4)

20時10分に竜田駅を出発したバスから見えた外の灯りは、街灯と、飲料自販機とコンビニとガソリンスタンドのそれだけだった。

私は線量計を持っていたので、車内の線量を計った。竜田駅を出たときの線量は0.12μsv/hだった。「帰還困難区域」の看板が目に入るようになると線量は0.3μsv/hを超え、その後数分間でみるみる上がり、最大で1.67μsv/hを記した。車内が暗くてまともに画像は残せなかったけれど。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W830 (2016. 4)

今まで0.1とか0.2μsv/hとかで一喜一憂していたのが馬鹿馬鹿しくなるほどの値だった。もっとも1μsv/hを超えたのは時間にしておよそ数分間のことで、すぐに数値は下がった。おそらくはトータルの線量で安全性は判断してくださいということなのだろう。地図で確認すると、線量が最も高かったのは福島第一原発に最も近い大熊町だった。

1時間ほど走って、ようやく生活感のある灯りが外に見えるようになる。ほどなくして原ノ町駅着。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2016. 4)

駅近くでコンビニを見つけ、食料を調達。久しぶりにコンビニの存在をありがたく感じた瞬間だった。

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