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September 2014の7件の記事

September 17, 2014

[Tour] 福島県・浜通り '14. 9.17

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東日本大震災による列車影響と運転見込みについて(JR東日本水戸支社のホームページより)

仙台と東京を太平洋岸沿いに結ぶ常磐線の、現在の運行状況は少し複雑だ。

仙台から南へ向かう場合、列車が走っているのは途中の浜吉田駅まで。さらに先へ行く場合は、ひとつ手前の亘理(わたり)駅で代行バスに乗り換えて、相馬駅まで行く。相馬から先は鉄道が復旧しているけれど、それも途中の原ノ町駅までで、そこから竜田駅まで45kmの間はバスも無し。以前は全線に特急列車が走っていたけれど、今は福島県南部の、いわきと上野の間のみ運行されている。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

亘理駅で電車を下りると、駅前に観光バスのような立派なバスが待っていた。「JR東日本代行バス」と書かれた小さな紙がフロントガラスに貼ってある。このバスに乗って県境を越え、福島県に入る。相馬駅まで約1時間。意外と長い。

福島県は広いということは以前から何となく理解していたけれど、「会津」以外の「浜通り」「中通り」の呼び名を知ったのは震災後だった。もし震災がなければ、今も、「浜通り」と聞いたところで、道路の名前と勘違いしていたかもしれない。それだけ震災直後は「浜通り」という言葉を頻繁に耳にした。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

相馬駅から2両編成の普通電車で原ノ町へ。

電車が出発するとき、アナウンスが「はらまち行き」と言っているように聞こえた。

原ノ町駅のある南相馬市は、2006年に一つの市と二つの町が合併してできた。それまでこの付近は「原町(はらまち)市」だった。地元の人たちにとっては今でも「はらまち」のほうがわかりやすいのかもしれない。そしてまた、現在の電車の利用者はほとんどが近所の住民なのだろう。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

「…みんなが君を、信じてる」と、うっすら読むことができる、原ノ町駅前にあった防犯協会の看板。なぜこの言葉を消して白く塗ったのか、つい、深読みしてしまう。

この先は鉄道も道路も通じていないので、折り返しの電車で相馬に引き返す。駅から、海岸方面へ行く路線バスに乗る。バスが海沿いを走る頃、客は私ひとりになる。

運転手さんから「どこに行くの?」と聞かれた。不通区間の道を迂回するうち、気づかぬ間に終点に来てしまったようだ。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

「原釜・尾浜・海浜公園」と書かれた看板。地べたに倒された状態であるけれど、他にこの場所を示す標識がなかったので、この体勢で看板の役割を果たしているようだった。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

原釜地区は相馬市内で津波の被害が大きかった場所のひとつで、250人の犠牲者の名前が記された慰霊碑が建つ。ちなみに、相馬市全体での死者・行方不明者の数は460人。

天皇陛下やブータンのジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王、ツェリン・トブゲイ首相らが震災後に訪れた場所でもある。原釜という名前は知らなくても、その光景を憶えている人は多いかもしれない。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

海の近くに展望台が建っている。ガラスや手摺は壊れているけれど、「立ち入り禁止」とは書かれていなかったので、自己責任で上り、海を見下ろしてみる。


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Fukushima, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

この付近の海は、もともと海水浴場だった。しかし海中にまだ瓦礫が残っているようで、今年も泳ぐことはできなかったようだ。

相馬には他にも観光スポットがいくつかあるようだったけれど、駅や、駅周辺で、開いている案内所らしき場所が見当たらず、詳細がわからなかったので、行かなかった。もっとも、旅行者やそれらしき人の姿も、ほとんど見なかった。以前は上野や仙台から特急列車が走っていたことを考えると、現在の、アクセスの不便さが、旅行者の足を遠ざけるひとつの大きな障壁になっているように感じた。


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Fukushima, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

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September 16, 2014

[Tour] 宮城県・松島町~仙台市 '14. 9.16

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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

松島は、これまで何度も訪れたことがある。しかし、松島随一の寺院である瑞巌寺に行ったことはなかった。

そこで今日は、朝一番で瑞巌寺に参拝する。

先月、テレビ東京の『モヤモヤさま~ず2』で、松島へ行って瑞巌寺を歩く場面がちょうど放送されていたので、番組を録画して予習しておいた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

山門が額縁の役割をして、松島の風景が上手くハマるようになっているのだと番組の中でガイドさんが話していた。この画像では、私の技術不足で、あまり上手いことハマっていないような気がするけれど。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

本堂は改修中で見ることができなかった。だが、代わりに、庫裏(くり)や陽徳院御霊屋(ようとくいんおたまや)という、普段は非公開の建物を見ることができた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

伊達家の殿様の位牌。

法名の下につく「神儀(しんぎ)」という位号は、大名に対して付けられるものなのだそうだ。

「しんぎ」と聞くと、私は、まず、ブータンのジグミ・シンギ・ウォンチュック前国王を思い出すのだけれど、こちらの「シンギ」は「獅子」という意味で、サンスクリット語のシンガ(singha。シンガポールやシンハー・ビールの語源でもある)に通じる。この「シンギ(shingi)」と位号の「神儀」には、何か関係がありそうで個人的には妙に気になったのだけれど、あまりこの二つをつなげて連想する人がいないのか、その謎に関する説明は番組の中でもされておらず、寺の中にもなかった。

海岸沿いに仙台市へ向かう。次の目的地は、市内・宮城野区にある日和山。昨日行った、石巻市の同名の山と同じように、海の近くにある。

仙台市の日和山は、日本一低い山として知られる。それでも、標高6m、山裾は半径20~40mあり、階段14段の「登山道」が通じていたという。

だが、地図を持って歩いているのに、なかなか見つからない。というか「山を見つけられない」経験を今までしたことがない。そもそも、山って、普通は巨大なランドマーク的存在だろう。

数十分くらい彷徨っていると、七北田川(ななきたがわ)の土手に、不意に「日和山」と大きく書かれた看板を目にする。まさか、土手で山を見つけるとは。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

看板のそばにいるカメラを持った方々は皆、野鳥撮影装備のようだ。邪魔にならぬよう近くへ行ってみる。「登山道」と呼ぶべき階段らしきものもあるけれど、何段あるのかはっきりしない。しかし、明らかに14段は無い。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

「日和山山頂3.0m」と書かれた棒が、大小の石を寄せ集めた塊の中心に刺さっている。この塊のてっぺんが山頂だとしたら、人間が登ることはできない。

実際のところは、津波を受けて山そのものが崩れ、さらに震災による地盤沈下もあったために、2014年に標高を計りなおしてみると3mになってしまっていたそうだ。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

帰路、「中野小学校跡地」の看板が立つ更地があった。現在、中野小学校は、内陸部の別の小学校に間借りして授業を続けている。日和山や中野小学校のある宮城野区蒲生の多くは、震災後、災害危険区域に指定され、住宅の新・増改築が困難になった。地域住民の区域外移転が見込まれているため、将来は他校との統合を検討しているという。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

ダンプカーの行き交う県道をさらに数キロ歩くと、若林区になる。しかし東京の「区」に比較すると、あまりにも、何もない。ついでに、関東平野もびっくりの平坦さだ。

途中、小さな飯屋で昼食をとる。お客は、復興作業に従事しているであろう運転手や作業者がほとんどだ。

テレビのニュースが「12時28分頃、栃木県で震度5弱の地震」と繰り返し伝えていた。しかし店員も客も私も、それについて一言も語らず、黙って、テレビを見つめていた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

荒浜地区に入る。

震災当日の夜、「荒浜で200~300の遺体との未確認情報」という報道があった。私の知る限り、震災に関する犠牲者の、最も早い情報だった。このニュースを何度も聞いたために、それ以来「若林区荒浜」の名前を今でも覚えている。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

実際に足を運んでみると、荒浜の集落はほぼ消滅し、小学校の校舎だけが緊急一時避難場所用として残っていた。震災時には、校舎の二階まで津波が来たものの、さらに上の階まで逃げることができたため、ここに避難した人は皆無事だったそうだ。また、荒浜地区での実際の犠牲者は行方不明の方を含めて190人ほど。結果として全く外れていたわけではないけれど、あの日の情報は微妙にデマのようだった。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

海の近くには大きな観音様が作られ、タクシーや他県ナンバーのバイクや車で訪れる人がポツリポツリといた。そのそばには、傍らに黄色いハンカチがなびく簡素な小屋の中に、昔の、この集落の写真が何枚か飾られていた。…そしてこれらが妙に上手で、心に響いた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

震災前は荒浜から仙台駅まで市バスが通じていたけれど、集落がなくなってしまったために現在は2kmくらい内陸部まで入ったところまでしかバスは来ていない。


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仙台市交通局のホームページより)

それでも、そこから仙台駅まではわずか約40分。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

一見、震災前と何も変わらない様子の仙台駅。しかし、ここと被災地は、路線バス一本で繋がっている。

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September 15, 2014

[Tour] 宮城県・石巻市~松島町 '14. 9.15

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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

石巻の駅や街中を歩いていると、漫画のキャラクターがやたらと目に入る。

漫画家の故・石ノ森章太郎氏が宮城県出身だったことで、氏の生前に「石巻マンガランド基本構想」が策定され、『萬画』を活かした創造性ある街造りに取り組んでいるためなのだそうだ。

駅から20分ほど海岸方向へ行くと、日和山(ひよりやま)がある。標高は60.4m。石巻の港から船が出る際、出航に都合のよい風向きや潮の流れなど「日和」を見る場所であったことからその名前がついたという説明があった。

山上にある鹿島御児神社から、町を一望することができる。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

ここもやはり、沿岸部は荒地が目立つ。

海のほうへ山を下りると、麓にあたるところに寺がある。西光寺という。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

このお寺に、2011年11月、ダライ・ラマ14世が慰問に訪れた。

ダライ・ラマは読経したあと、お堂の入口で多くの被災者の前で説法し、「復興を果たしたときにはまた戻って来たい」と口にして去っていった。

だが、境内にはブルドーザーが置かれ、未だに雑然とした様子だ。周囲も雑草が茂るままの空き地が多い。ダライ・ラマが言い残していった、彼の希望が叶えられるのは、いつの日か。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

石巻駅に戻り、JR仙石線で南下する。石巻から仙台へ通じる仙石線は、現在、路線の中間部が不通でバス代行になっている。復旧した区間も、変電所が被災したために石巻寄りでは電車が使えず、ディーゼルカーが代わりに走っている。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

現在の鉄道区間終点の陸前小野駅から、代行バスに乗らずに、しばらくの間、不通区間を歩いてみる。海が間近に見えるわけではないけれど、広範囲にひしゃげたガードレールでもって、海からの近さを教えられる。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

この付近の海岸は、奥松島と呼ばれる。「松島では津波の被害が意外に少なかった」と聞いたことがあったけれど、奥松島は全く違っていたようだ。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

陸前小野の次の、野蒜(のびる)駅近くにある長音寺。墓地と真新しいお地蔵さんと小さなプレハブと、山門ならぬ門柱が立つ様子から、その意味を解釈するのに若干の時間がかかった。本堂は流され、墓地は何とか片付けられ、お地蔵さんができて、本堂代わりのプレハブが建てられたようだった。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

一見、震災前と変わらない姿の野蒜駅の建物は、現在、一階にコンビニが入り、空きスペースに震災当時の写真が展示されている。将来はここに観光交流拠点「野蒜地域交流センター」ができるらしい。

震災当日、仙台行きの電車がこの野蒜駅を出た直後に連絡がとれなくなり、翌日に脱線大破した姿で見つかったことが、当時、大きく報道された。そのとき、それほど過疎地でもないはずなのに、なぜここで一昼夜もの間、音信不通になったのか疑問に感じた。だが、今、この場所に来て考えても、通信手段がざっくり遮断されていたからだとしか思えない。結局、通信手段の種類が豊富になった現代でも、大災害が起きた時には、それらは当てにはならないということなのか。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

この区間は、線路を内陸部に移設して2015年までに復旧を図る予定とされている。ゆえに、この駅に電車が来ることは、もう無い。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

かつて道路の左側に沿って緩く弧を描いて通っていたはずの線路の跡は、今、ほとんどわからなくなっている。ここも鉄道は移設される箇所と思われるので、線路の痕跡を除いた時点で復旧作業は完了なのだろう。

作業現場で留まるダンプカーや重機のナンバーに、関東地方や中部地方のものがあるのを見つける。作業者も遠方から来ているのかもしれない。それでも、今も鉄道ですら復旧が進まない現実をあらためて知らされる。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

松島に着いた頃には、日が暮れ始めていた。このまま素通りするのももったいないので、明日は松島からスタートとするっす。

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September 14, 2014

[Tour] 宮城県・南三陸 '14. 9.14

気仙沼には「気仙沼」という沼は無い。

地名の由来は、アイヌ語の兄弟語である古代エミシ語の「ケセモイ」(一番南の端の港、境目の港という意味)とする説が有力とされる。

しかし「気仙沼から海を見ると目の前に大島という島があり、その内湾がまるで沼のように見えたので、気仙沼と呼ばれるようになった」という説もある。

この辺りの地名がアイヌ語から付いたと考えるのは、ある意味で新鮮味がないので、大島が近くに見えそうなところに行って、実際に沼っぽく見えるかどうか検証しようと、今朝は、まず、大島に近い町外れの海岸へ足を運んでみる。

BRTの停留所から海岸へ向かって歩く。

途中から道路が荒れはじめる。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

雑草が茂る間に、家屋の土台や崩れた塀が埋まっている。

ここも津波の被害を受けている。

しかしここには、今までに見た被災地と大きな違いがあった。それは、復興の気配が感じられないことだった。瓦礫が退かされた後、おそらくそのままの状態で3年半が経っている。

「廃村」という言葉があるけれど、ここは、「廃れた」のではなく「棄てられた」村のように目に映った。人の手で棄てられたのではなく、津波によって。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

残酷かもしれないけれど、「このままでよいのか」という思いもこめて、敢えて率直に感じたままを書かせていただく。

…で、「目の前に大島があると気仙沼の海は沼に見えたか」といえば、さすがにこんな光景を見た後では「沼で津波が起こるわけがないだろう」という憤りを含んだ思いしか浮かばなかった。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

さらに南へ。志津川駅でバスを降りる。

南三陸町は、志津川駅があった沿岸部を中心に、町が開けていた。震災後、町役場などは数キロ内陸部に入った高台に移転し、BRTの駅も併せて移動していた。その、駅近くにある仮説商店街の入口には、今年、天皇陛下が訪問されたことが誇らしげに書かれていた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

鉄道線路はほぼ全て波に呑まれてしまったようで、線路が通っていたコンクリート橋や盛り土から、かろうじて鉄道があった場所だけは判別できた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

かつて市街地があった場所もほぼ更地になったままだったけれど、その中に、鉄骨だけの建物がぽつんと残っていた。防災対策庁舎の跡だ。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

震災直後、防災無線で町民に避難を呼びかけ続けて自らは津波の犠牲となってしまった女性職員の話が、大きく報道された。彼女がいたのが、この建物だった。震災直後に予想された、この地域の津波の高さは6mだった。防災対策庁舎の屋上は、12m。実際の津波は15.5mの高さだったという。三階建ての庁舎の屋上に避難した人の多くが、亡くなったり行方不明になったりした。三日前に見た、岩手県の大槌町役場を襲った津波は二階までの高さだったため、屋上に逃げていた人は助かった。

彼らの生死を分けた差は何だったのか。

しばらく考えたけれど、「たられば」以上のことは浮かばなかった。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

ツーリングの自転車が目につく。あとで調べたところ、「ツール・ド・東北2014」という大会が行われ、今日、1,258名が南三陸町を通るルートを走ったようだ。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

快走するチャリに追い越されながら、志津川の次の陸前戸倉駅まで、ちんたらと歩く。陸前戸倉の駅に貼られていた、避難経路の案内が目に留まった。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

避難先になっている「ふれあいセンター」は、ここから2.2km先とある。今、ここで避難しなければならない状況になったとして、逃げ切れるだろうか。しばし思考が止まる。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

バスに乗り、BRT終点の柳津(やないづ)へ。ここで鉄道に乗り換え。しかし列車が、2時間近くない。もともと、気仙沼から柳津を経てこの先の石巻市にある前谷地(まえやち)駅までは、気仙沼線という一本の鉄道路線だった。現在は、この柳津駅までBRTによるバス代行となっているけれど、バスと列車はきれいに接続がとられているわけではないようだ。どこか時間がつぶせるところがないかと思い、駅前の案内図を見る。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

2.8km先にある「もくもくランド」か、3.7km先の「虚空蔵尊」がとりあえずここの観光スポットのようだ。しかしながら、先ほどまで長々と歩いてきた身には、費用対効果ならぬ体力対効果は今ひとつ得られないものと判断。駅の周辺のみ散策して列車を待つ。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

のほほんとした標語に、僅かばかり癒される。

日が傾き始めた夕方の列車で、石巻へ向かう。本日はここまで。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

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September 13, 2014

[Tour] 宮城県・南三陸 '14. 9.13

今日は午後から雨が降るという天気予報なので、早起きして先を急ぐ。

しかし、陸前高田市内の宿を出てBRTの駅(バス停)へ向かう途中、田園風景を見て、足が留まった。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

当たり前の景色のはずなのに、土剥き出しや雑草で荒れた土地を通ってきたせいか、より一層、心が和む気がした。

結局のところ、復興とは、このような景色が当たり前に見られることをもって、完了したといえるのだろう。

9時頃に気仙沼駅に着く。気仙沼には、2010年7月に来たことがある。そのときは、港をひと回りしてから、町を見渡せる安波山(あんばさん)に登った。震災の日の夜、仕事で気仙沼に来ていたというサンドウィッチマンという芸人さんが、津波を逃れて高台に避難したとニュースで聞いたとき、私は、この山から見た光景を思い出していた。それ以来、このブログのカバー画像は、その安波山から見下ろした気仙沼の景色を使っている。あとで知ったことだけれど、サンドウィッチマンも、その日、安波山で津波を見たそうだ。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

今日も4年前と同じように、まず、駅から港へ向かって歩く。、市街地は、一見、普通に生活が営まれているようだった。しかし港に着く直前、海に近い場所に、不自然な空間があることに気づいた。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

そこには建物の土台だけがあった。局地的にそこだけ被害が大きかったのか、何か別の理由で遺されているのか私には判断できなかった。だが、かつてそこに住んでいた人のことを思うと、無念な事実が今も晒されているとしか言いようがなかった。

安波山に登る。

途中で鹿に出くわす。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

今回の旅の前に、熊に遭ったらどうしようかという不安は、若干あった。けれども鹿は想定外だった。

鹿が興奮して、逆ギレして襲われることはないだろうか。気にしつつカメラを向けた(←たぶんそれはいけない行動パターンだと思う)。

しばし見つめあった後、鹿は早歩きで去っていった。

港から30分ほど歩いて、山頂に着く。


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Miyagi, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)
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Miyagi, RICOH Caplio GX100 (2010. 7)

上の画像はこの日の気仙沼市街の眺め、下は2010年7月に撮ったもの。

一見、眺望は大きく変わっていないようでもあるけれど、よく見ると、以前に比べて土の色がところどころ目に付く。

市街地に下りて、4年前と同じように「気仙沼らぁめん」と大きく描かれたポスターが貼られている駅前食堂に入る。ポスターは価格の所に紙が貼られていたけれど、その値段は、4年前と同じ680円だった。同じ紙が、4年間、貼り続けられていたのだった。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

変わらずにがんばっているところもあれば、変えることができずに無念さを晒しているところもある。それが現在の気仙沼の姿だ。


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Miyagi, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

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September 12, 2014

[Tour] 岩手県・北三陸 '14. 9.12

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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

昨晩泊まった釜石市内の旅館。階段の二階近くに、「東日本大震災 津波到達点 ここまで!!」と書かれた印がついていた。

私が寝た二階の部屋は結構古びた感じがしていたけれど、この高さまで津波が来たということは、一階部分はフルリフォームしたのだろう。だが、今まで訪ねた町に比べると、復興が順調に進んだように感じられる。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

朝の町を歩く。製鉄所から勢いよく上る白い煙がよく目立つ。大企業の存在が、復興のスピードアップに少なからず影響を与えている気がする。

本日最初の目的地は、釜石市郊外にある釜石大観音。

開館まで少し時間があったので、近くの公園に立ち寄る。森の向こうに大きな観音像がそびえ立つのが見える。

そして観音様の目線の先には、白いストゥーパっぽい建物が。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

なんだか日本ばなれした、南アジアのジャングルの如く見える光景だ。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

高さ48.5m。建立されたのは1970年。天気がよかったこともあるのかもしれないけれど、地元っぽい人が参詣する姿もちらほら目にした。また、傍らにあるストゥーパには、1975年にスリランカの寺院から贈られた仏舎利が納められている。このためにスリランカ的な様式で造られたようだ。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

相変わらず本日も運行再開記念中の三陸鉄道南リアス線で盛(さかり)へ。

盛駅で乗り換えるJR大船渡線は、現在、「BRT」というバス代替で仮復旧している。BRTとはBus Rapid Transitの略で、バス専用道路(または専用車線)を作って、そこにバスを走らせる仕組みらしい。しかし大船渡線の場合は、被災した線路上の一部を舗装して専用道路にしている。ということは、将来、本格的に復旧するにあたっては、舗装を剥がして再度線路を敷くのだろうか。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

バスは、しばらくの間、元・線路のような狭い専用道路を走っていたけれど、やがて一般道路上を走り出す。この辺は、いかにもバス的で、自由だ。

陸前高田で下車。町の中心部は津波で流されてしまったため、BRTの駅(というかバス停留所というか)は、昔、鉄道の駅があった場所と違う、高台にある。近くには、立派なプレハブ作りの市役所があった。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

旧市街地へ向かって道を下る。ダンプカーが目立つ。ざっくり数えても、町を走る車の2~30%はダンプだ。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

沿岸部では、土地のかさ上げ工事が行われていた。これがまたスケールが大きい。ピラミッドを現代建築で作ったら、おそらく土台作りはこんな感じに見えるのではないのかと。いや言うほどピラミッドに詳しいわけではありませんが。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

海岸にある、現在の、市内随一の観光名所である「奇跡の一本松」へ。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

震災前、ここには「高田松原」と呼ばれた7万本の松林があった。しかし松は、この一本以外すべて無くなってしまい、残ったこの木も枯死状態と判断され、一億五千万円かけて保存工事が施された。大金をかけて一本の木を残すことに、批判の声も多かった。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

現在、一本松は、町の観光のシンボルとして、これでもかという感じで活用されているように思われた。

以前、この町一番の見どころは高田松原だった。だが、高田松原は、もう存在しない。

今日、実際にこの町を訪れて、自分の目で見て、この一本松を残したことは無駄ではなかったように感じたのだけど、どうだろうか。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

高田松原の、被災した松の残骸が、昔、道の駅があった場所に遺されていた。現在、ここには震災の追悼施設が設けられている。

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September 11, 2014

[Tour] 岩手県・北三陸 '14. 9.11

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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

本日も若干微妙な空模様に見えるけれど、なんとか雨は避けられそうだ。

というわけで、道の駅やまだから再スタート。

海沿いの国道を南下する。並行するJR山田線は、この区間では道路より山寄りを通っているけれど、未だに不通のままだ。線路は草に埋もれかかっている。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

トンネルをいくつか抜け、大槌町へ。

最初の集落は、吉里吉里(きりきり)。井上ひさし氏の小説「吉里吉里人」のモデルになった町としても知られる。ただしこの物語上の「吉里吉里」は、宮城と岩手の県境付近にある「吉里吉里村」で、設定は、若干ずらされている。

吉里吉里という地名は、アイヌ語の「白い砂浜」の意味、また、ここの浜辺を歩くと砂が「キリキリ」と鳴るということから、その名がついたとする説もある。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

海岸は、まだ整備が追いついていないように見えた。だが今年の夏は、震災後初めて、このうち3分の1の、130メートルの間に限って海水浴ができるようになったという。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

国道沿いに「6~21時まで営業」と書かれたプレハブ造りのローソンがあった。復活は、まず、15時間営業からか。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

大槌町の中心部に入る。いたるところで土地の造成が行われている。

昨年、NHKで放送していた「あまちゃん」がらみのテレビ番組で、能年玲奈さんが大槌町の中学生に、こんなことを話していた。

「…大槌町に来たことがあって…それから一年たってすごく…」
「なんか、草が…背丈ぐらいまで生えてて…すごい成長してるんだなと思って…」

中学生は笑っていた。

私は、2ヵ月前に行った宮古市の田老で、この言葉を思い出していた。2011年7月に見た、瓦礫が片付けられた直後の田老の市街地のほとんどは、土が剥き出しになっていた。それから3年経って再訪した町の、見た目でもっとも変わっていたのは、そこに、草が生えていたことだった。

それは、復興が進んでいないことを意味する。草の成長は、喜ばしいことではなかった。

今日、大槌町では、あちこちに重機が入り、土が剥き出しになっていた。それは、復興が一段階進んでいることを意味していた。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

その中にぽつりと残る、旧大槌町役場。今日で、震災からちょうど3年半。岩手めんこいテレビが取材に来ていた。

津波は、二階まで来たという。このとき役場の中で震災の対策会議をしており、屋上まで逃げることができなかった町長と約40人の職員は、波に呑まれて亡くなった。


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Iwate, SONY α6000 with SONY E18-55mm F3.5-5.6 (2014. 9)

建物の前にはお地蔵さんと献花台がある。かつては、ここに賽銭箱も置かれていた。しかし「たびたび盗難被害に遭ったため、賽銭箱を再設置しないことを決めた」と、たまたま東京で今朝買った新聞に、小さく載っていた。

復興は、進んでいないわけではない。しかしそれは遺憾ながら、人の心が変わるスピードに追いつけていない気がした。


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Iwate, SONY Cyber-shot DSC-W730 (2014. 9)

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