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May 02, 2013

[Tour] 夕子の歩いた道を辿る(15) ’13. 5. 2

エピローグ

津母からの帰路、宮津行きのバスを、駅の手前で降りる。港がすぐそばにある。


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Kyoto, SONY Cyber-shot DSC-RX100 (2013. 5)

現在、宮津港に発着する定期船は、一日一便の天橋立巡り観光船だけのようだ。港の近くに図書館があったので、帰りの列車までの時間つぶしも兼ねて立ち寄る。郷土資料のコーナーで「伊根町誌」という本を見つけた。泊や津母の、昔の様子が書かれていた。

町誌によれば、五番町夕霧楼の話の通り、当時、宮津と、丹後の海沿いの村の間は、海運が主な交通手段だった。しかし意外なことに、夕子が五番町へ発つ2年前の1949年に、泊から宮津へ行く航路は廃止されていた。では、泊や津母の住民は、その頃どうやって宮津へ出ていたかというと、伊根町の中心部まで約5km歩いて、そこの港から宮津行きの船に乗っていたらしい。泊にバスが通じたのは1956年ということも書かれている。現実は、小説より不便だったことになる。

そのような細かい点までは、作品を書くにあたって厳密に考証されたわけではなかったようだ。

もっとも五番町夕霧楼はドキュメンタリーではなく、世に出たのも、話の設定から10年以上後の1963年のことだから、些細なことまでこだわる必要もなかったのだろう。


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Kyoto, SONY Cyber-shot DSC-RX100 (2013. 5)

以上で、延々書き連ねてきた夕子の足跡を辿る旅を終わりにしたい。実際のところ、実地に足を運んだ日数は数日間にすぎなかったわけだけれど、これだけ多く書いたのは、ひとえに私の思い入れによるところである。フィクションにしては地名や日時が具体的に書かれた箇所が多い作品であったがゆえに、かえって、いろいろと思い浮かんでしまった謎や疑問点は、今回、現地に赴いて解決できたことが多かった。

また、ブログに記事を起こしてみてあらためて感じたことだけれど、イメージに合わせて写真を撮ることは難しかった。正直いって、今回、このシリーズで載せた写真は、自分では結構不満があるものが少なくない。それは、普段、好き放題適当に撮影しているのに比べて、テーマに沿って写真を撮ることが、いかにデリケートかということである。

一方で、旅として振り返ると、ガツガツした旅行になってしまった気がした。今度は、時間にとらわれずに五番町や丹後を訪れる機会を持ちたい。そのときには、今回知ったことが糧となって、また違った印象を得ることができると思う。


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※このシリーズは延々16回にわたって書いてしまいましたが最初から読まれたい方はこちらからどうぞ。

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