« [Tour] 夕子の歩いた道を辿る (0) | Main | [Tour] 夕子の歩いた道を辿る(2) ’13. 4.27 »

April 27, 2013

[Tour] 夕子の歩いた道を辿る(1) ’13. 4.27

相国寺(京都府京都市)

京都御所近くにある相国寺は、臨済宗相国寺派の総本山であると共に、水上勉が幼い頃に修行した寺としてその名前が知られている。水上がそのときの経験を「雁の寺」などの作品にしたためたのは有名だ。


1304274gannnotera
Kyoto, SONY α390 with MINOLTA AF 35mm F2 (2013. 4)

水上がいた瑞春院には、看板と同じ大きさで「雁の寺」と書かれていた。しかし私が行ったときは、公開していなかった。


1304273houdou
Kyoto, SONY Cyber-shot DSC-RX100 (2013. 4)

相国寺は「五番町夕霧楼」の中でも「燈全寺」という名前で登場する。甚造が春物の帯の展示会を催したとき、燈全寺をその会場として借りたのだ。寺院がイベントの場所貸しをすることについて、甚造はこう話していた。

「…今出川の燈全寺が、うちの菩提寺の本山やさかい、ひとつ方丈の大広間を、うちの展示に貸してくれんかいうてたのみにいってきたんや。禅寺の本山で会場を貸さんとこはどこにもあらへん。ほしたらな、坊主はお前、腹へらして、闇米が欲しゅてかなわん時節や。大喜びで、ふたつ返事で貸してくれよった」
(「五番町夕霧楼」〔新潮文庫〕p.86)

1952年2月のことである。

この展示会で甚造は、手伝いに来ていた燈全寺派の寺院・鳳閣寺で修行中の正順を見つけることになる。

一方、相国寺派の寺院のひとつとして、金閣寺がある。水上は、金閣寺の法事にも頻繁に出ていたという。当時の彼の思いを反転して、「五番町夕霧楼」の正順に重ねて描いた部分はあったのだろうか。


1304275kamidachiuridoori
Kyoto, SONY α390 with MINOLTA AF 35mm F2 (2013. 4)

門の前から上立売通がまっすぐ前へ延びている。この小さな道を進めば、やがて千本通にぶつかり、ほどなくして五番町へ行くことができるはずである。

では、青年時代に五番町へ足を運んでいた水上もこの道を歩いていったのかというと、彼が実際に相国寺で修行していたのは10歳から13歳の頃までのことであり、おそらくここにいた頃は、五番町の存在は知らなかっただろう。少なくとも、詳しくは。

|

« [Tour] 夕子の歩いた道を辿る (0) | Main | [Tour] 夕子の歩いた道を辿る(2) ’13. 4.27 »

■Journey」カテゴリの記事

#Japan」カテゴリの記事

#夕子の歩いた道」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« [Tour] 夕子の歩いた道を辿る (0) | Main | [Tour] 夕子の歩いた道を辿る(2) ’13. 4.27 »